MALICE MIZER(マリスミゼル)の解散理由は?メンバー脱退やKamiの死、現在までを徹底解説

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90年代ヴィジュアル系シーンを席巻した伝説的なバンド、MALICE MIZER(マリスミゼル)。その独特な世界観と音楽性は今なお多くのファンを魅了し続けています。しかし、2001年に突然の活動休止を発表。その背景には何があったのでしょうか?本記事では、MALICE MIZERの活動休止理由、メンバー脱退の真相、ドラマーKamiさんの悲劇、そしてメンバーの現在までを徹底的に解説します。

目次

MALICE MIZER(マリスミゼル)は解散ではなく「無期限活動休止」

まず押さえておきたいのは、MALICE MIZERは公式には「解散」したのではなく、「無期限活動休止」という状態にあるということです。この微妙なニュアンスの違いが、ファンの間での再結成への期待にも繋がっています。

公式発表の内容

2001年12月11日、MALICE MIZERは公式サイトにて無期限の活動休止を発表しました。発表されたコメントでは、「個々のアーティストとして、また人間として、もう一度自分自身を見つめ直し、将来を考える時間がメンバーそれぞれに必要」「これが現時点でのメンバー全員の一致した意見」と説明されています。

具体的な理由としては、「音楽性や方向性の違い」が示唆されましたが、詳細については明言されませんでした。突然の発表は、ファンや音楽業界に大きな衝撃を与えたのです。

この発表は、シングル「Gardenia」、シングル「Beast of Blood」、そして活動休止前の最後の作品となった映画『薔薇の婚礼〜真夜中に交わした約束〜』とそのサウンドトラックのリリース後に行われました。

解散と活動休止の違い

「解散」はバンドとしての活動を完全に終了し、再開の意思がないことを意味します。一方、「活動休止」は一時的に活動を停止するものの、将来的な活動再開の可能性を残している状態です。

MALICE MIZERの場合、「無期限」という言葉が付け加えられているため、活動再開の時期は未定ですが、完全に解散したわけではない、というのが公式な立場となります。

実際に、2010年以降、Mana、Közi、Yu~kiの3名は「Deep Sanctuary」と題したライブイベントを断続的に開催しており、MALICE MIZERの楽曲を演奏しています。これは、バンドが完全に終わったわけではないことの証左と言えるでしょう。

ファンやメディアの受け止め

活動休止の発表は、ファンにとってまさに青天の霹靂でした。特に、Gackt脱退やKamiの急逝といった困難を乗り越え、Klahaをボーカルに迎えて新たなスタートを切ったばかりだったため、その衝撃は計り知れませんでした。

メディアもこのニュースを大きく報じ、活動休止の理由について様々な憶測が飛び交いました。メンバー間の不和、事務所とのトラブル、音楽性の行き詰まりなどが噂されましたが、真相は依然として謎に包まれた部分も多いです。

しかし、多くのファンは「活動休止」という言葉に望みを託し、いつかまたMALICE MIZERとしてステージに立つ日が来ることを信じ続けています。現在でも、SNSなどでは再結成を望む声が後を絶ちません。

MALICE MIZER(マリスミゼル)活動休止に至った複数の理由

公式発表では「メンバーそれぞれに考える時間が必要」とされましたが、活動休止の背景にはいくつかの複合的な要因があったと考えられています。ここでは、主な理由として挙げられる点を解説します。

  • メンバー間の音楽性・方向性の違い
  • ボーカルGACKTの脱退
  • ドラマーKamiの急逝
  • 事務所との関係性

メンバー間の音楽性・方向性の違い

バンドが長く活動すれば、メンバー間の音楽的な志向や目指す方向性に違いが生まれることは珍しくありません。MALICE MIZERも例外ではありませんでした。

特に、バンドの中心人物であったManaとKöziは、それぞれ独自の音楽的世界観を持っていました。MALICE MIZERという枠組みの中で表現できることと、個々が追求したい音楽との間にギャップが生じていた可能性が考えられます。

Gackt脱退後、Klahaをボーカルに迎えて制作されたアルバム『薔薇の聖堂』では、よりダークでゴシックな要素が強調されました。これはManaの世界観が色濃く反映された結果とも言えますが、他のメンバー、特にKöziが目指す方向性とは異なる部分もあったのかもしれません。

活動休止後、ManaはMoi dix Mois、KöziはソロやZIZといったバンドで、それぞれ独自の音楽活動を展開していることからも、MALICE MIZERの活動休止には、メンバーそれぞれの音楽的探求が理由の一つにあったと言えるでしょう。

ボーカルGACKTの脱退

1999年のGackt(当時はGackt表記)の脱退は、バンドにとって大きな転機であり、活動休止の遠因になったとも考えられます。

Gacktはそのカリスマ性と歌唱力でバンドの人気を牽引する存在でした。彼の脱退は、バンドのイメージや音楽性に大きな変化をもたらしました。

脱退の理由は、公式には「方向性の違い」とされていますが、メンバーや事務所との確執、金銭的な問題なども噂されました。(詳細は後述)

Gackt脱退後、バンドはKlahaをボーカルに迎え活動を継続しましたが、Gackt在籍時の勢いを取り戻すことは容易ではありませんでした。 Gacktという強力なフロントマンを失った影響は、少なからずバンドの将来に影を落としていた可能性があります。

ドラマーKamiの急逝

Gackt脱退のわずか数ヶ月後、1999年6月21日にドラマーのKamiがくも膜下出血により急逝するという悲劇がバンドを襲います。

Kamiはその卓越したドラムテクニックだけでなく、明るい人柄でメンバーやファンから愛される存在でした。彼の死は、メンバーにとって精神的な支柱を失うことに等しく、計り知れないショックを与えました。

バンドはKamiの後任ドラマーを迎えることなく、以降はサポートメンバーを起用して活動を続けましたが、彼の不在は音楽的にも精神的にも大きな穴となりました。

この悲劇を乗り越えて活動を続けたものの、Kamiの死がメンバーの心に残した影響は大きく、バンドの将来を考える上で無視できない出来事だったと言えるでしょう。

事務所との関係性

Gackt脱退の背景には、当時の所属事務所との関係も影響していたと言われています。

一部報道や関係者の証言によれば、Gacktと事務所の間で、活動方針や金銭面での意見の相違があったとされています。Gackt自身も、後に自著などで当時の状況について語っており、単純な「方向性の違い」だけではなかったことを示唆しています。

バンド全体の活動休止においても、事務所との関係性が何らかの影響を与えた可能性は否定できません。バンドがより自由な創作活動を求める中で、事務所との間に溝が生まれていたのかもしれません。

ただし、これらはあくまで憶測を含む情報であり、公式に詳細が語られているわけではありません。しかし、バンドを取り巻く環境の変化も、活動休止の一因となった可能性は考えられます。

【時系列】MALICE MIZER(マリスミゼル)の結成から活動休止まで

MALICE MIZERの活動休止理由を深く理解するためには、バンドが歩んできた歴史を知ることが重要です。ここでは、結成から活動休止までの流れを時系列で追ってみましょう。

  • 第一期:Tetsuボーカル時代 (1992-1994)
  • 第二期:Gacktボーカル時代 – 黄金期 (1995-1999)
  • ドラマーKamiの突然の死 (1999)
  • 第三期:Klahaボーカル時代 (2000-2001)
  • 活動休止発表 (2001)

第一期:Tetsuボーカル時代 (1992-1994)

1992年8月、ManaとKöziを中心にMALICE MIZER結成。初代ボーカリストとしてTetsu、ベーシストにYu~ki、ドラマーにGaz(後に脱退、Kamiが加入)が加わります。

この時期は、後のゴシックなイメージとは異なり、比較的正統派なヴィジュアル系ロックに近い音楽性でした。しかし、ManaとKöziのツインギターが生み出す独特のハーモニーや、演劇的な要素を取り入れたライブパフォーマンスは、既にオリジナリティを発揮していました。

インディーズシーンで着実に人気を集め、1994年には初のフルアルバム『memoire』をリリース。しかし、同年12月、音楽性の違いからボーカルのTetsuが脱退。バンドは最初の転換期を迎えます。

第二期:Gacktボーカル時代 – 黄金期 (1995-1999)

1995年10月、新たなボーカリストとしてGacktが加入。彼の加入はバンドに劇的な変化をもたらしました。

Gacktの圧倒的な存在感と歌唱力、そして中世ヨーロッパ貴族を彷彿とさせる耽美的な世界観が融合し、MALICE MIZERの人気は爆発的に上昇します。

1997年、シングル「ヴェル・エール 〜空白の瞬間の中で〜」でメジャーデビュー。続くシングル「au revoir」「月下の夜想曲」やアルバム『merveilles』が大ヒットを記録し、日本武道館公演を成功させるなど、ヴィジュアル系シーンの頂点に登り詰めました。

この時期のMALICE MIZERは、音楽番組への出演や大規模なツアーを通じて、お茶の間にもその名を知られる存在となりました。まさにバンドの黄金期と言えるでしょう。

ドラマーKamiの突然の死 (1999)

人気絶頂の中、バンドを悲劇が襲います。1999年6月21日、ドラマーのKamiがくも膜下出血のため、27歳という若さで急逝しました。

この悲報は、メンバー、ファン、そして音楽業界全体に大きな衝撃と悲しみをもたらしました。バンドは一時活動を休止せざるを得なくなります。

Kamiの死後、バンドは彼の遺した楽曲を元にインストゥルメンタル曲「再会の血と薔薇」などを制作。彼の存在がバンドにとって、そしてファンにとってどれほど大きかったかを物語っています。

現在でも、メンバーはKamiを「永遠のメンバー」として敬意を表しており、彼の命日には追悼の意を示すなど、その絆は続いています。

第三期:Klahaボーカル時代 (2000-2001)

Gackt脱退とKamiの死という大きな困難を乗り越え、MALICE MIZERは活動再開を決意。2000年、サポートボーカルとして参加していたKlahaが正式メンバーとして加入します。

KlahaはGacktとは異なる、より深みのある低音ボイスとミステリアスな雰囲気が特徴でした。彼の加入により、バンドはサウンド・ビジュアル共に、よりダークでゴシックな方向性を強めていきます。

シングル「白い肌に烂う愛と哀しみの輪舞」「Gardenia」「Beast of Blood」や、アルバム『薔薇の聖堂』をリリース。また、メンバー全員が出演する無声映画『薔薇の婚礼〜真夜中に交わした約束〜』を制作・公開するなど、精力的な活動を展開しました。

しかし、この第三期の活動期間は短く、約1年半で活動休止を迎えることになります。

活動休止発表 (2001)

2001年12月11日、公式サイトを通じて無期限の活動休止を発表。理由は「個々のアーティストとして、また人間として、もう一度自分自身を見つめ直し、将来を考える時間がメンバーそれぞれに必要」とされました。

この発表をもって、MALICE MIZERはその活動に一旦幕を下ろします。結成から約9年、日本の音楽シーンに強烈なインパクトを残したバンドの歴史は、ここで一時停止することになったのです。

活動休止後、メンバーはそれぞれの道を歩み始めますが、MALICE MIZERという存在は、多くの人々の記憶に深く刻まれ続けています。

MALICE MIZER(マリスミゼル)歴代メンバーの脱退とその理由

MALICE MIZERの歴史は、メンバーの加入と脱退の歴史でもあります。特にボーカリストの交代は、バンドの音楽性やイメージに大きな影響を与えました。ここでは、主な脱退メンバーとその理由について見ていきましょう。

  • 初代ボーカル Tetsuの脱退理由
  • 二代目ボーカル GACKTの脱退理由

初代ボーカル Tetsuの脱退理由

MALICE MIZERの初代ボーカリスト、Tetsu(高野哲)は、1992年の結成から1994年12月まで在籍しました。

彼の脱退理由は、公式には「音楽性の違い」とされています。当時のMALICE MIZERは、後のゴシック路線とは異なり、比較的ストレートなロック要素も持っていました。しかし、バンドの中心人物であるManaが志向する、より耽美的でクラシカルな世界観と、Tetsu自身の音楽的な方向性との間にズレが生じたと考えられます。

Tetsu自身も、後にインタビューなどで「自分のやりたい音楽と違ってきた」といった趣旨の発言をしています。決して不仲による脱退ではなく、お互いの音楽的な道を尊重した上での決断だったようです。

脱退後、TetsuはMEGA 8 BALL、nil、ZIGZO、THE JUNEJULYAUGUSTなど、様々なバンドでボーカリスト、ギタリストとして活躍。現在も精力的に音楽活動を続けており、その歌声は多くのファンを魅了しています。

二代目ボーカル GACKTの脱退理由

MALICE MIZERをスターダムに押し上げた立役者、Gackt(当時はGackt表記、後にGACKTに改名)。彼の脱退は1999年1月に発表され、ファンに大きな衝撃を与えました。

公式な脱退理由は「方向性の違い」及び「Gackt自身の失踪」とされています。しかし、その背景には様々な要因が複雑に絡み合っていたようです。

GACKT失踪事件の真相

脱退発表の少し前、Gacktが突如としてメンバーや事務所の前から姿を消す、いわゆる「失踪事件」がありました。

Gackt側の主張としては、過密なスケジュールと創作活動へのプレッシャーから精神的に追い詰められていたこと、そして事務所との間に金銭的なトラブルや契約上の問題があったことを挙げています。

一方、バンドメンバーや事務所側は、Gacktの突然の失踪に困惑。連絡が取れない状況が続き、最終的に脱退(解雇)という形を取らざるを得なかった、という見解を示しています。

真相については双方の主張が異なり、現在でも完全には明らかにされていません。しかし、この出来事が脱退の直接的な引き金となったことは間違いないでしょう。

メンバーとの確執

Gacktと他のメンバー、特にリーダーであるManaとの間に確執があったのではないか、という見方も存在します。

バンドの人気が高まるにつれ、Gackt個人の存在感も増していきました。彼のカリスマ性やメディアでの露出が、バンド全体のバランスに影響を与えていた可能性はあります。

また、音楽的な方向性についても、Gacktがよりポップス寄りのアプローチを求めていたのに対し、Manaはあくまで耽美的な世界観を追求したいという思いがあり、意見の相違が生じていたとも言われています。

ただし、メンバー自身が公に不仲を語っているわけではなく、あくまで推測の域を出ません。活動休止後のイベントでMana、Közi、Yu~kiが共演していることからも、メンバー間の関係が完全に破綻していたわけではないようです。

ソロ活動への移行

Gackt脱退の背景には、彼自身のソロ活動への強い意志があったことも事実です。

MALICE MIZER在籍中から、Gacktはバンドの枠にとどまらない幅広い表現活動への意欲を見せていました。脱退後すぐにソロ活動を開始し、音楽だけでなく俳優業などでも成功を収めていることからも、ソロアーティストとしての道を歩むことは、彼にとって自然な流れだったのかもしれません。

バンドという集団での活動よりも、自身のクリエイティビティをより自由に発揮できるソロの道を選んだ、という側面も脱退理由の一つとして考えられます。

MALICE MIZER(マリスミゼル)メンバーの現在とそれぞれの活動

2001年の活動休止後、MALICE MIZERのメンバーはそれぞれの道を歩んでいます。ここでは、各メンバーの現在の活動状況についてご紹介します。

  • Mana (Guitar) – Moi dix Mois
  • Közi (Guitar) – ソロ、ZIZ、XA-VATなど
  • Yu~ki (Bass) – 事実上の引退?サポート活動も
  • Klaha (Vocal) – 活動休止中
  • 故 Kami (Drums) – 永遠のメンバー
  • Tetsu (Vocal) – MEGA 8 BALL、ZIGZOなど

Mana (Guitar) – Moi dix Mois

MALICE MIZERのリーダーであり、独特の世界観を構築したMana。活動休止後は、自身のソロプロジェクトMoi dix Mois(モワ ディス モワ)を始動させました。

Moi dix Moisは、MALICE MIZERの後期に通じるゴシックでシンフォニックなサウンドをさらに深化させた音楽性が特徴です。Manaはギタリストとしてだけでなく、コンポーザー、プロデューサーとしてもその才能を発揮しています。

また、ゴシック&ロリータファッションブランド「Moi-même-Moitié(モワ・メーム・モワティエ)」のプロデューサーとしても活動。ファッションアイコンとしてもカリスマ的な人気を誇っています。

現在もMoi dix Moisとして定期的にライブ活動や音源リリースを行っており、その独自の世界観は国内外で高く評価されています。

Közi (Guitar) – ソロ、ZIZ、XA-VATなど

Manaと共にMALICE MIZERのサウンドを支えたギタリスト、Közi。活動休止後は、ソロアーティストとして活動を開始しました。

彼のソロワークは、インダストリアル、ゴシック、ニューウェイヴなど、多彩な要素を取り入れた実験的でアヴァンギャルドな音楽性が特徴です。

また、ベーシストのJiro (GLAY)、ドラマーのCHARGEEEEEE… (OMEGA DRIPP) らと共に結成したバンドZIZ(ジズ)や、ボーカルの石井秀仁 (cali≠gari)、ベースのSADIE PINK GALAXY (SPEECIES) らとのユニットXA-VAT(ザバット)(現在は活動休止中)など、様々なプロジェクトに参加。

近年はDALLEやVAMQUETとしても活動するなど、精力的にライブや制作活動を続けており、その多才ぶりを発揮しています。Mana、Yu~kiと共にDeep Sanctuaryにも出演しています。

Yu~ki (Bass) – 事実上の引退?サポート活動も

寡黙ながらもバンドのボトムを支えたベーシスト、Yu~ki。MALICE MIZER活動休止後は、表立った音楽活動からは距離を置いていました。

一時は「引退したのでは?」とも噂されましたが、Köziのソロライブにゲスト参加したり、Mana、Köziと共にDeep Sanctuaryに出演するなど、散発的にステージに姿を見せています。

自身のソロプロジェクトなどは行っていませんが、現在もManaやKöziとの交流は続いているようです。ファンからは彼の本格的な音楽活動再開を望む声も多く聞かれます。

自身のブログやSNSアカウントは持っていないようで、近況を知る機会は限られていますが、Deep Sanctuaryへの出演はファンにとって嬉しいサプライズとなっています。

Klaha (Vocal) – 活動休止中

MALICE MIZERの第三期ボーカリストを務めたKlaha。バンド活動休止後の2002年末にソロデビューを果たし、アルバム『Nostal Lab』などをリリースしました。

しかし、2004年頃にソロ活動を休止して以降、現在まで表立った音楽活動は行っていません。

活動休止の理由や現在の状況については、公式な発表はなく、様々な憶測が飛び交っていますが、詳細は不明です。

そのミステリアスな存在感と歌声は今なおファンに記憶されており、彼の復帰を待ち望む声も少なくありません。

故 Kami (Drums) – 永遠のメンバー

1999年に急逝したドラマーのKami。彼はMALICE MIZERにとって、そしてメンバーやファンにとってかけがえのない存在です。

彼の死後も、メンバーは彼を「永遠のメンバー」として敬意を表し続けています。Mana、Közi、Yu~kiが出演するDeep Sanctuaryでは、Kamiの映像が流されたり、彼の好きだったお酒がステージに置かれるなど、常に彼の存在を感じさせる演出がなされています。

Kamiの誕生日や命日には、メンバーやファンから追悼のメッセージが寄せられ、彼が今も多くの人々に愛されていることがわかります。

彼の超絶的なドラミングと明るいキャラクターは、MALICE MIZERの歴史において決して色褪せることはありません。

Tetsu (Vocal) – MEGA 8 BALL、ZIGZOなど

初代ボーカリストのTetsu(高野哲)は、MALICE MIZER脱退後も精力的に音楽活動を続けています。

MEGA 8 BALL、nil、THE JUNEJULYAUGUSTといった自身のバンドに加え、1999年には RYUICHI (LUNA SEA / Vo)、DEN (Dr / ex.BY-SEXUAL)、SAKURA (Dr / ex.L’Arc〜en〜Ciel)らと共にZIGZO(ジグゾ)を結成。 ZIGZOはヴィジュアル系シーンのスーパーバンドとして注目を集め、現在も活動を続けています。

アコースティックソロライブを行うなど、活動の幅は広く、パワフルで情感豊かな歌声は健在。様々なバンドやプロジェクトで、日本のロックシーンに貢献し続けている実力派ミュージシャンです。

MALICE MIZER(マリスミゼル)が遺した功績と影響

MALICE MIZERは、その短い活動期間にも関わらず、日本の音楽シーン、特にヴィジュアル系シーンに計り知れない功績と影響を残しました。彼らがなぜ伝説として語り継がれるのか、その理由を探ります。

  • ヴィジュアル系シーンへの貢献
  • 独特の世界観と音楽性
  • 後のアーティストへの影響

ヴィジュアル系シーンへの貢献

90年代後半、MALICE MIZERはヴィジュアル系の枠を超え、お茶の間レベルでの人気を獲得しました。これは、当時のヴィジュアル系バンドとしては画期的なことでした。

彼らの成功は、ヴィジュアル系というジャンルに対する世間の認知度を高め、そのイメージを「単なる派手な格好」から「確立された様式美」へと昇華させる一助となりました。

特に、ゴシック・アンド・ロリータの要素を取り入れたファッションや、中世ヨーロッパを彷彿とさせる耽美的なビジュアルイメージは、後のヴィジュアル系バンドに大きな影響を与え、一つのスタイルとして定着しました。

また、大掛かりなセットや演劇的な演出を取り入れたライブパフォーマンスは、ヴィジュアル系ライブのスタンダードを引き上げ、エンターテインメントとしての質を高めることに貢献しました。

独特の世界観と音楽性

MALICE MIZERの最大の魅力は、その唯一無二の世界観と音楽性にあります。

ManaとKöziが生み出すツインギターの美しい旋律、クラシックやフランス音楽の要素を取り入れたシンフォニックなアレンジ、そして文学的で物語性のある歌詞。これらが融合し、聴く者を幻想的な異世界へと誘います。

彼らの音楽は、単なるロックやポップスというカテゴリーには収まらず、「MALICE MIZER」という一つのジャンルを確立したと言っても過言ではありません。

アルバムごとにコンセプトを設け、楽曲だけでなく、衣装、ミュージックビデオ、ライブ演出に至るまで、徹底的に作り込まれた世界観は、まさに芸術作品と呼ぶにふさわしいものでした。

後のアーティストへの影響

MALICE MIZERが提示した音楽性や美学は、後続の多くのアーティストに影響を与えています。

ヴィジュアル系バンドはもちろんのこと、ゴシックメタルやシンフォニックメタル、さらにはファッションやアートの分野においても、彼らの影響を見て取ることができます。

Manaがプロデュースするファッションブランド「Moi-même-Moitié」は、ゴスロリファッションの代表的なブランドとして広く知られています。

また、彼らの楽曲は、国内外の様々なアーティストによってカバーされており、その音楽的価値の高さを示しています。

活動休止から20年以上が経過した現在でも、MALICE MIZERが築き上げたものは色褪せることなく、新たな世代のクリエイターたちにインスピレーションを与え続けているのです。

MALICE MIZER(マリスミゼル)に関するよくある質問

ここでは、MALICE MIZERに関して、ファンやこれから知りたいという方からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

MALICE MIZERの読み方は?

マリスミゼル」と読みます。

MALICE MIZER(マリスミゼル)の意味は?

フランス語で「悪意と悲劇」を意味します。バンド名の由来は、人間誰しもが持っている悪意や、人生における悲劇的な側面を探求するというコンセプトに基づいています。

MALICE MIZER(マリスミゼル)の代表曲・名曲は?

非常に多くの名曲がありますが、特に代表的な曲としては以下のようなものが挙げられます。

  • ヴェル・エール 〜空白の瞬間の中で〜:メジャーデビューシングル。壮大で美しいメロディが印象的。
  • au revoir(オ・ルヴォワール):フランス語で「さようなら、また会う日まで」の意味。切ないメロディと歌詞が人気のヒット曲。
  • 月下の夜想曲:オリコンシングルチャート最高位を獲得した代表曲。クラシカルでドラマティックな展開が魅力。
  • ILLUMINATI:挑発的でダンサブルなナンバー。ライブでも定番曲でした。
  • Le ciel 〜空白の彼方へ〜:スケール感のあるバラード。Gacktのボーカルが光ります。
  • Gardenia:Klahaボーカル期の代表曲。爽やかさの中に哀愁を感じさせるナンバー。
  • Beast of Blood:Klaha期のダークで激しい一面を示す楽曲。映画『薔薇の婚礼』主題歌。

これらはほんの一部であり、アルバム曲にも名曲が多数存在します。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のメンバーで亡くなったのは誰ですか?

ドラマーのKami(カミ)さんです。1999年6月21日にくも膜下出血のため急逝されました。

GACKTはなぜMALICE MIZER(マリスミゼル)を脱退したのですか?

公式な理由は「方向性の違い」とされていますが、背景には事務所とのトラブル、金銭問題、メンバーとの確執、ソロ活動への意欲など、複数の要因が絡んでいたと考えられています。GACKT自身の「失踪」も脱退の直接的な引き金となりました。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のKamiさんの死因は何ですか?

死因は「くも膜下出血」です。1999年6月21日に急逝されました。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のMana様は何歳ですか?

Mana様は生年月日を公表していません。そのため、正確な年齢は不明です。「3月19日生まれ」であることは公表されています。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のKöziさんの現在は?

現在も精力的に音楽活動を続けています。ソロ活動のほか、ZIZ、DALLE、VAMQUETといったバンドやユニットで活動しています。Mana様、Yu~kiさんと共にDeep Sanctuaryにも出演しています。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のYu~kiさんの現在は?

表立った音楽活動は多くありませんが、Köziさんのソロライブへのゲスト参加や、Mana様、Köziさんと共にDeep Sanctuaryに出演するなど、時折ステージに立っています。事実上の引退状態とも言われていますが、メンバーとの交流は続いているようです。

MALICE MIZER(マリスミゼル)のKlahaさんの現在は?

2004年頃にソロ活動を休止して以降、現在まで表立った音楽活動は行っておらず、活動状況は不明です。

MALICE MIZER(マリスミゼル)は再結成する可能性はありますか?

公式には「無期限活動休止」であり、解散はしていません。Mana様、Köziさん、Yu~kiさんの3名によるDeep Sanctuaryが断続的に開催されており、MALICE MIZERの楽曲が演奏されています。

完全な形での再結成(ボーカルを含む)については、現時点では具体的な動きはありませんが、メンバー間の交流は続いているため、可能性がゼロとは言えません。ファンは今も再結成を待ち望んでいます。

まとめ

  • MALICE MIZERは解散ではなく「無期限活動休止」状態にある。
  • 活動休止の公式理由は「メンバーそれぞれに考える時間が必要」。
  • 背景には音楽性の違い、Gackt脱退、Kamiの急逝、事務所との関係などが複合的に影響したと考えられる。
  • バンドはTetsu期、Gackt期(黄金期)、Klaha期の3つの時代を経て活動休止に至った。
  • 初代ボーカルTetsuの脱退理由は「音楽性の違い」。
  • 二代目ボーカルGacktの脱退は「方向性の違い」「失踪」「事務所とのトラブル」などが原因。
  • ドラマーKamiは1999年にくも膜下出血で急逝。バンドに大きな影響を与えた。
  • Manaは現在、Moi dix Moisとして活動し、ファッションブランドもプロデュース。
  • KöziはソロやZIZ、DALLEなど複数のバンドで活動中。
  • Yu~kiは表立った活動は少ないが、Deep Sanctuaryなどに出演。
  • 三代目ボーカルKlahaは2004年以降、活動状況不明。
  • TetsuはZIGZOやnilなどで精力的に活動中。
  • MALICE MIZERはヴィジュアル系シーンに多大な貢献をし、独特の世界観で人気を博した。
  • ゴシック&ロリータの美学や演劇的ライブは後のアーティストに影響を与えた。
  • 活動休止後もDeep Sanctuaryとして限定的なライブ活動が行われている。
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