心理学の世界には、人間の行動や心を理解するための様々なアプローチが存在します。その中でも、エドワード・トールマンが提唱した心理学は、行動主義が主流だった時代に「認知」の重要性を説いた画期的なものでした。本記事では、トールマン心理学の核心である「認知地図」や「潜在学習」といった概念を、初心者にも分かりやすく解説します。行動主義との違いや、現代心理学への影響も探っていきましょう。
トールマン心理学の基本:目的的行動主義とは?
トールマン心理学を理解する上で、まず押さえておきたいのが「目的的行動主義」という考え方です。これは、従来の行動主義とは一線を画す、トールマン独自の立場を示しています。ここでは、提唱者であるエドワード・トールマンの人物像と、彼の理論が行動主義とどう違うのかを見ていきましょう。
- エドワード・トールマンの紹介
- 行動主義との決定的な違い:認知の重視
エドワード・トールマンの紹介
エドワード・チェイス・トールマン(Edward Chace Tolman, 1886-1959)は、20世紀のアメリカを代表する心理学者の一人です。マサチューセッツ工科大学で電気化学を学んだ後、ハーバード大学で心理学に転向し、博士号を取得しました。その後、カリフォルニア大学バークレー校で長く教鞭をとり、多くの研究を行いました。
トールマンが生きた時代は、ワトソンやスキナーに代表される行動主義心理学が全盛期でした。行動主義は、観察可能な「刺激(S)」と「反応(R)」の関係のみを研究対象とし、心や意識といった内的なプロセスは科学的研究の対象外と考える立場です。しかし、トールマンは、動物(特にネズミ)を用いた巧みな実験を通して、行動を単なるS-R結合として説明することの限界を指摘しました。
彼は、行動には必ず「目的」があり、その目的達成のために環境に関する「認知」が利用されていると考えました。この考え方は「目的的行動主義(Purposive Behaviorism)」と呼ばれ、後の認知心理学の発展に大きな影響を与えることになります。
行動主義との決定的な違い:認知の重視
トールマン心理学と従来の行動主義との最も大きな違いは、「認知」の役割を認めるかどうかという点にあります。ワトソンやスキナーに代表される徹底的行動主義者は、客観的に観察できない心の中のプロセス(思考、期待、意図など)を研究対象から排除しました。彼らにとって、学習とは刺激と反応の間の結合が強化されるプロセス(S-R理論)に他なりませんでした。
しかし、トールマンは、行動を理解するためには、刺激と反応の間に介在する目に見えない要因、すなわち「認知」を考慮しなければならないと主張しました。彼は、学習とは単なるS-R結合の形成ではなく、環境に関する知識や期待を獲得するプロセスであると考えたのです。例えば、ネズミが迷路を学習するのは、特定の通路を曲がるという反応を学習するのではなく、「どこにエサがあるか」という環境の構造(認知地図)を学習するからだと説明しました。
このように、トールマンは行動主義の枠組みの中に「目的」や「認知」といった概念を導入し、より柔軟で現実に即した行動理解を目指しました。この点が、彼の心理学が「目的的行動主義」と呼ばれる所以であり、行動主義から認知心理学への橋渡し役を果たしたと評価される理由でもあります。
トールマン心理学の重要概念:認知地図
トールマン心理学を語る上で欠かせないのが「認知地図(Cognitive Map)」という概念です。これは、私たちが環境をどのように理解し、記憶しているかを示す重要な考え方であり、トールマンの理論の中核をなしています。ここでは、認知地図がどのようなものか、そしてそれが私たちの日常生活でどのように働いているのかを探ります。
- 認知地図とは何か?ネズミの実験から学ぶ
- 私たちの日常における認知地図
認知地図とは何か?ネズミの実験から学ぶ
認知地図とは、環境の空間的な配置や構造についてのメンタルな表現、つまり「頭の中の地図」のことです。トールマンは、有名なネズミの迷路実験を通して、この認知地図の存在を実証しようとしました。
実験の一つでは、ネズミに特定の経路を通ってエサにたどり着くように訓練します。従来の行動主義(S-R理論)によれば、ネズミは特定の場所で特定の方向へ曲がるという一連の反応を学習すると考えられます。しかし、トールマンは異なる仮説を立てました。ネズミは単なる反応の連鎖を学習するのではなく、迷路全体の構造、つまり「どこにエサがあるか」という空間的な関係性を学習し、頭の中に認知地図を作成すると考えたのです。
この仮説を検証するため、トールマンは訓練後に迷路の構造を変え、スタート地点からエサの場所へ向かう複数の新しい経路を用意しました。すると、ネズミは以前訓練された経路が塞がれていても、エサの場所に向かって最も近道となる新しい経路を選択する傾向が見られました。これは、ネズミが単に特定の反応を繰り返しているのではなく、迷路全体の認知地図に基づいて、目的地(エサ)への最適なルートを判断していることを示唆しています。この結果は、学習が単なるS-R結合ではないこと、そして動物が環境に関する認知的な表象を持っていることを強く支持するものでした。
私たちの日常における認知地図
認知地図は、ネズミのような動物だけでなく、もちろん私たち人間にも存在します。私たちは日常生活の中で、意識的あるいは無意識的に認知地図を利用して行動しています。
例えば、初めて訪れる街で目的地を探す場面を想像してみてください。最初は地図アプリなどに頼るかもしれませんが、何度か訪れるうちに、主要な道路やランドマークの位置関係、お店の並びなどが頭の中に入ってきます。これが認知地図の形成です。一度認知地図が形成されると、特定のルートだけでなく、様々な経路を使って目的地にたどり着けるようになります。また、予期せぬ工事で道が塞がれていても、認知地図に基づいて迂回路を見つけることができます。
通勤や通学の経路、自宅の部屋の配置、よく行くスーパーマーケットの商品の配置なども、私たちの頭の中にある認知地図の例です。私たちはこれらの認知地図のおかげで、効率的に移動したり、目的のものを探したりすることができるのです。
トールマンが提唱した認知地図の概念は、単に空間的なナビゲーションにとどまらず、問題解決や意思決定など、より広範な認知プロセスを理解する上でも重要な示唆を与えています。環境をどのように認識し、それをどのように利用して行動を計画・実行するのか、という問いに対する答えの鍵を握っていると言えるでしょう。
トールマン心理学が明らかにした潜在学習
トールマン心理学のもう一つの重要な貢献は、「潜在学習(Latent Learning)」の発見です。これは、報酬(強化)がなくても学習が進行し、その学習成果が後になって行動に現れる現象を指します。この発見は、学習における強化の役割について、従来の行動主義的な見解に疑問を投げかけるものでした。
- 潜在学習とは?報酬がなくても学習は進む
- 潜在学習の実験とその意義
潜在学習とは?報酬がなくても学習は進む
潜在学習とは、学習が成立しているにもかかわらず、それがすぐに行動として現れないタイプの学習を指します。従来の行動主義、特にスキナーのオペラント条件づけでは、行動が学習・維持されるためには「強化(報酬)」が不可欠であると考えられていました。つまり、望ましい行動の後に報酬が与えられることで、その行動が起こりやすくなると説明されます。
しかし、トールマンは、報酬がなくても、環境についての知識や情報は獲得されており、学習は水面下で進行しているのではないかと考えました。そして、その学習された知識は、後になって動機づけ(例えば、報酬が得られる状況)が生じたときに、初めて行動として表面化する、と主張したのです。これが潜在学習の基本的な考え方です。
例えば、毎日同じ道を車で通勤している人は、特に意識していなくても、道沿いにあるお店や建物の位置関係を自然と覚えていることがあります。普段はその知識を使う必要がないため、学習しているという実感はないかもしれません。しかし、ある日、友人に「あの道沿いに新しいカフェができたらしいんだけど、どの辺りか知ってる?」と聞かれたとき、「ああ、あのコンビニの隣だよ」と答えることができるかもしれません。これは、報酬がなくても通勤中に潜在的に学習していた情報が、質問という動機づけによって引き出された例と言えます。
潜在学習の実験とその意義
トールマンは、潜在学習の存在を実証するためにも、ネズミを用いた迷路実験を行いました。この実験は、トールマンとホンジク(Honzik)によって1930年に行われたものが特に有名です。
実験では、ネズミを以下の3つのグループに分けて迷路を走らせ、ゴールに到達するまでのエラー(行き止まりに入る回数)を記録しました。
- 報酬群(Regular Reward Group): 毎回ゴールに到達するとエサ(報酬)が与えられるグループ。
- 無報酬群(No Reward Group): ゴールに到達しても報酬が与えられないグループ。
- 遅延報酬群(Delayed Reward Group): 実験開始後10日間は報酬なしで、11日目から報酬が与えられるようになったグループ。
実験の結果、報酬群のネズミは日を追うごとにエラーが減少し、迷路学習が進んでいることが示されました。無報酬群は、エラーの減少がほとんど見られませんでした。ここまでは、行動主義の予測通りです。
しかし、注目すべきは遅延報酬群のネズミの成績です。報酬が与えられなかった最初の10日間は、無報酬群と同様にエラーの減少はわずかでした。ところが、11日目に報酬が与えられるようになると、翌日にはエラー数が急激に減少し、あっという間に報酬群のネズミと同等の成績になったのです。
この結果は、遅延報酬群のネズミが、報酬がなかった期間にも迷路の構造(認知地図)を学習しており、それが潜在的に蓄積されていたことを示唆しています。そして、報酬という動機づけが与えられたことで、その潜在的な学習が一気に顕在化したと考えられます。もし学習が強化によってのみ成立するのであれば、11日目以降に初めて学習が始まり、徐々にエラーが減少するはずですが、実際には急激な成績向上が見られました。
この潜在学習の実験は、学習が必ずしも即時の報酬や行動の変化を伴うものではないこと、そして認知的なプロセス(認知地図の形成)が学習において重要な役割を果たしていることを示す強力な証拠となりました。これは、学習における強化の役割を絶対視する従来の行動主義への大きな挑戦であり、後の認知心理学の発展を促す重要な契機となったのです。
トールマン心理学における媒介変数とサイン・ゲシュタルト説
トールマン心理学をさらに深く理解するためには、「媒介変数(Intervening Variable)」と「サイン・ゲシュタルト説(Sign-Gestalt Theory)」という二つの重要な概念を知る必要があります。これらは、目に見える刺激と反応の間に存在する、目に見えない認知プロセスを説明するための理論的枠組みです。
- 媒介変数:目に見えない心の働き
- サイン・ゲシュタルト説:学習は「意味」の理解
媒介変数:目に見えない心の働き
トールマンは、刺激(S)と反応(R)の関係だけで行動を説明しようとする単純なS-R理論に異議を唱えました。彼は、刺激と反応の間には、生物体(Organism)の内部状態や認知プロセスが介在していると考え、これを「媒介変数(Intervening Variable)」と呼びました。つまり、行動は S→R ではなく、S→O→R(Oは生物体)のプロセスで理解されるべきだと主張したのです。
媒介変数とは、直接観察することはできないけれども、行動を説明・予測するために理論的に仮定される要因のことです。トールマンが考えた媒介変数には、以下のようなものがあります。
- 要求(Demand): 特定の目標(例: エサ)に対する欲求の強さ。
- 誘因価(Incentive Value): 目標となる対象(例: エサの種類)が持つ魅力の度合い。
- 期待(Expectation): 特定の行動が特定の結果をもたらすという予測。例えば、「この通路を進めばエサがあるだろう」という期待。
- 認知地図(Cognitive Map): 環境の空間的構造に関する知識。
これらの媒介変数は、先行する条件(例: 絶食時間、過去の経験)と、観察される行動(例: 迷路を走る速さ、選択する経路)との関係から、その存在や強さが推測されます。例えば、絶食時間が長いほど「要求」は高まり、より魅力的なエサが用意されれば「誘因価」は高くなり、その結果としてネズミはより速く迷路を走る、といった具合です。
媒介変数という概念を導入することで、トールマンは、同じ刺激に対しても状況や個体の内部状態によって異なる反応が生じる理由を説明しようとしました。これは、行動主義が扱いきれなかった「心」の働きを、科学的な枠組みの中で捉えようとする試みであり、心理学における認知革命への道を開くものでした。
サイン・ゲシュタルト説:学習は「意味」の理解
サイン・ゲシュタルト説は、トールマンの学習理論の中核をなす考え方です。これは、学習とは単なる刺激と反応の機械的な結合ではなく、「サイン(Sign)」とそのサインが示す「意味(Significate)」、そしてそれらの関係性(ゲシュタルト、全体的な構造)を理解するプロセスであるとする説です。
簡単に言えば、学習とは「あるサイン(目印)が、次に何が起こるか、あるいはどこへ行けば何があるかを示している」という期待や予測を形成することだと考えます。例えば、ネズミが迷路を学習する場合、特定の通路(サイン)がエサの場所(意味)につながっている、という関係性を学習します。これは単に「右に曲がる」という反応を学習するのではなく、「この目印が見えたら、その先にはエサがある」という「意味」を理解するプロセスなのです。
トールマンは、このサインとその意味の関係性の全体的なまとまりを「サイン・ゲシュタルト(Sign-Gestalt)」と呼びました。認知地図も、このサイン・ゲシュタルトの一種と考えることができます。環境内の様々なサイン(目印、通路など)が、それぞれ特定の意味(行き止まり、エサの場所など)と結びつき、それらが全体として構造化されたものが認知地図である、というわけです。
このサイン・ゲシュタルト説は、学習における「期待」や「予測」の役割を強調します。生物は、過去の経験に基づいて、現在の状況(サイン)から未来の結果(意味)を予測し、その予測に基づいて行動を選択します。もし期待通りにならなければ(例: いつもある場所にエサがない)、期待は修正され、新たな学習が起こります。
このように、サイン・ゲシュタルト説は、学習を単なる受動的な反応の形成ではなく、環境の意味を能動的に理解し、未来を予測しようとする認知的なプロセスとして捉え直しました。これは、学習研究に新たな視点をもたらし、認知心理学的なアプローチの基礎を築く上で重要な役割を果たしました。
トールマン心理学の現代への影響と意義
エドワード・トールマンの心理学は、提唱された当時、行動主義が主流であった学界においては必ずしも中心的な理論とはみなされませんでしたが、その先見性は後の心理学、特に認知心理学の発展に計り知れない影響を与えました。彼の研究は、現代の様々な分野にも応用され、その意義は今日でも色褪せることがありません。
- 認知心理学への橋渡し
- 教育やマーケティングへの応用
認知心理学への橋渡し
トールマン心理学の最大の功績は、行動主義から認知心理学への移行を促した点にあると言えるでしょう。行動主義が「心」というブラックボックスを避け、観察可能な刺激と反応の関係に焦点を当てていたのに対し、トールマンは認知地図や潜在学習、媒介変数といった概念を用いて、そのブラックボックスの中身、すなわち認知プロセスの重要性を主張しました。
彼は、行動を理解するためには、生物が環境をどのように認識し、何を期待し、どのように目標を達成しようとしているのか、といった内的な要因を考慮しなければならないことを示しました。これは、1950年代後半から1960年代にかけて起こった「認知革命」の先駆けとなる考え方でした。
トールマンが提唱した「認知地図」は、後の空間認知や記憶の研究に直接的な影響を与えました。また、「期待」や「目的」といった概念は、意思決定理論や問題解決の研究においても重要な要素として取り入れられています。目に見えない心的プロセスを科学的に研究対象とする道筋をつけたトールマンの業績は、現代の認知心理学の基礎を築いたと言っても過言ではありません。
彼の理論は、コンピューター科学の発展とともに情報処理モデルとして精緻化され、人間の思考や記憶、学習といった複雑な精神活動を解明するための重要なパラダイムを提供しました。トールマンがいなければ、現代の認知心理学の姿は大きく異なっていたかもしれません。
教育やマーケティングへの応用
トールマン心理学の知見は、心理学の領域を超えて、教育やマーケティングといった実践的な分野にも応用されています。
教育分野においては、潜在学習の概念が重要です。学習者の行動にすぐに変化が見られなくても、知識や理解は水面下で進んでいる可能性があることを示唆しています。これは、教師が短期的な成果だけでなく、長期的な視点で学習プロセスを見守ることの重要性を示しています。また、単なる知識の暗記(S-R的な学習)ではなく、知識の意味や関連性(サイン・ゲシュタルト)を理解させ、応用力(認知地図の活用)を育てることが重要であるという考え方は、現代の教育理論にも通じるものがあります。学習者の内発的な動機づけや、学習環境のデザインにおいても、トールマンの考え方は示唆に富んでいます。
マーケティング分野では、消費者の認知プロセスを理解する上で、トールマンの理論が参考にされています。例えば、消費者が商品やブランドに対して抱くイメージや期待(媒介変数)が、購買行動にどのように影響するかを分析する際に役立ちます。広告や店舗デザインを通じて、消費者の頭の中に好ましい「認知地図」を形成させようとする戦略も、トールマンの考え方を応用したものと言えるでしょう。ブランドに対する潜在的な好意度(潜在学習)が、特定のきっかけ(例: セール、口コミ)によって購買行動に結びつくといった現象も、トールマンの理論で説明できるかもしれません。
このように、トールマン心理学は、人間の行動の背後にある認知的なメカニズムを解明しようとした先駆的な試みであり、その洞察は現代社会の様々な場面で活かされています。行動主義の限界を指摘し、認知の重要性を明らかにした彼の功績は、心理学史において極めて大きいと言えるでしょう。
よくある質問
トールマン心理学とスキナーの行動主義の違いは?
トールマン心理学とスキナーの行動主義(オペラント条件づけ)の主な違いは、行動の説明における「認知」の役割を認めるかどうかにあります。スキナーは、行動は環境からの刺激(弁別刺激)とそれに続く結果(強化または罰)によって制御されると考え、心の中のプロセス(思考、期待など)を考慮しませんでした(S-R理論、あるいはS-R-C理論)。一方、トールマンは、刺激と反応の間に「認知地図」や「期待」といった認知的な媒介変数が存在し、行動に影響を与えると主張しました(S-O-R理論)。また、学習における「強化」の必要性についても見解が異なり、スキナーは強化が学習に不可欠としたのに対し、トールマンは潜在学習の実験を通して、強化がなくても学習は成立しうると示しました。
トールマンの主な実験は何ですか?
トールマンが行った実験の中で特に有名なのは、ネズミを用いた迷路実験です。代表的なものに以下の二つがあります。
- 認知地図の実験: ネズミに迷路を学習させた後、スタート地点や通路を変更しても、ネズミがエサの場所への近道を選択することを示し、頭の中に空間的な地図(認知地図)が形成されていることを示唆しました。
- 潜在学習の実験: 報酬なしで迷路を経験させたネズミが、後に報酬を与えられるようになると、急激に成績が向上することを示しました。これにより、報酬がなくても学習は潜在的に進行していることを実証しました。
これらの実験は、行動主義の単純なS-R理論では説明が難しく、学習における認知プロセスの重要性を示す画期的なものでした。
認知地図は人間にも当てはまりますか?
はい、認知地図は人間にも明確に当てはまります。私たちは日常生活において、常に認知地図を利用しています。例えば、自宅から駅までの道順、よく行くショッピングモールの店舗配置、旅行先の地理などを頭の中で思い描くことができます。初めての場所でも、何度か行き来するうちに自然と道順や目印を覚え、効率的に移動できるようになるのは、認知地図が形成・更新されているからです。空間的な移動だけでなく、ウェブサイトの構造を理解したり、複雑な情報の関連性を把握したりする際にも、比喩的な意味での認知地図が働いていると考えられています。
潜在学習の例はありますか?
潜在学習の身近な例としては、以下のようなものが考えられます。
- 通勤・通学路の風景: 毎日通る道沿いのお店や建物の名前、位置関係などを、特に意識していなくても覚えている。後で必要になった時にその情報を思い出せる。
- ゲームのマップ: クリアするという目的とは直接関係なくても、ゲーム内のマップ構造やアイテムの配置などを自然と覚えている。
- BGMやCMソング: 何度も聞いているうちに、歌詞やメロディを無意識に覚えてしまう。
- 助手席での学習: 自分で運転していなくても、助手席に乗って何度も通った道の地理を把握しており、いざ自分が運転する番になった時にスムーズに運転できる。
これらは、直接的な報酬や明確な学習意図がなくても、経験を通して知識が蓄積され、後になって活用されるという潜在学習の特徴を示しています。
トールマン心理学を学ぶ上でおすすめの本は?
トールマン自身の著作を読むのが最も直接的ですが、入門としては心理学史や学習心理学の教科書でトールマンの理論が解説されている章を読むのが良いでしょう。以下にいくつか例を挙げます。
- 入門書・概説書:
- 『心理学史』(有斐閣アルマ)などの心理学史のテキスト
- 『学習の心理学』(サイエンス社)などの学習心理学の専門書
- 『認知心理学』(放送大学教育振興会)などの認知心理学のテキスト
- トールマンの主要著作(専門的):
- “Purposive Behavior in Animals and Men” (1932): 彼の代表作であり、目的的行動主義の理論体系が詳述されています。
- “Cognitive Maps in Rats and Men” (1948): 認知地図の概念を提唱した有名な論文です。
まずは日本語の概説書で基本的な概念を理解し、興味が深まれば専門書や原著論文に挑戦するのがおすすめです。大学図書館やオンラインの学術データベースなども活用すると良いでしょう。
まとめ
- トールマンは行動主義全盛期に「認知」を重視した心理学者。
- 彼の立場は「目的的行動主義」と呼ばれる。
- 行動は単なるS-R結合ではなく、目的達成のためのものと考えた。
- 「認知地図」は環境の構造に関する頭の中の地図。
- ネズミの迷路実験で認知地図の存在を示唆。
- 人間も日常的に認知地図を利用して行動している。
- 「潜在学習」は報酬なしでも学習が進む現象。
- 潜在学習は動機づけにより行動として現れる。
- 遅延報酬群の実験で潜在学習を実証。
- 学習に強化は必ずしも必須ではないことを示した。
- 「媒介変数」は刺激と反応の間にある認知プロセス。
- 要求、期待、認知地図などが媒介変数に含まれる。
- 「サイン・ゲシュタルト説」は学習を意味の理解と捉える。
- 学習はサインとその意味の関係性を理解すること。
- トールマン心理学は認知心理学への橋渡し役となった。
- 教育やマーケティング分野にも応用されている。