馬の健康管理において「尿酸」という言葉を聞くと、人間の痛風や腎臓病を連想し、愛馬の尿酸値が気になる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、馬の尿酸代謝は人間とは大きく異なります。本記事では、馬の尿酸に関する一般的な誤解を解き、愛馬の健康を正しく理解するための重要なポイントを詳しく解説します。
馬の尿酸と人間の尿酸は根本的に異なる

人間にとって尿酸は、プリン体という物質が体内で分解される際に生成される老廃物の一つです。この尿酸が体内に過剰に蓄積すると、痛風や腎臓病などの健康問題を引き起こす可能性があります。しかし、馬を含む多くの哺乳類では、この尿酸の代謝経路が人間とは大きく異なるのです。
多くの哺乳類が持つ「ウリカーゼ」酵素の働き
人間以外のほとんどの哺乳類は、「ウリカーゼ」という特別な酵素を持っています。このウリカーゼは、体内で生成された尿酸を、さらに水に溶けやすい「アラントイン」という物質に変換する働きを担っています。人間はこのウリカーゼ酵素を持たないため、尿酸をそのまま排泄しなければなりません。
馬の尿酸は水溶性のアラントインとして排泄される
馬もまた、このウリカーゼ酵素を持つ哺乳類の一つです。そのため、馬の体内で作られた尿酸は、速やかにアラントインへと変換されます。アラントインは尿酸よりもはるかに水に溶けやすいため、馬の腎臓から効率的に尿として排泄されるのです。
この効率的な排泄システムがあるため、馬の体内に尿酸が過剰に蓄積することは稀であり、人間のような高尿酸血症による健康リスクはほとんどありません。
馬に痛風がほとんど見られない理由
人間の場合、高尿酸血症が続くと、尿酸が結晶化して関節に沈着し、激しい痛みを伴う「痛風」発作を引き起こします。しかし、馬はウリカーゼ酵素の働きにより尿酸をアラントインに変換し、スムーズに排泄できるため、人間のような痛風を発症することは極めて稀です。
したがって、馬の健康管理において、人間の痛風予防のように尿酸値を厳密に管理する必要は基本的にありません。愛馬の関節の痛みや歩様の異常が見られた場合、その原因は尿酸とは異なる別の要因を疑うべきでしょう。
馬の健康管理で注目すべき「馬尿酸」とは?尿酸との違いを解説

「馬尿酸」という言葉は、その名の通り馬の尿から発見された有機酸ですが、これは「尿酸」とは全く異なる物質です。この二つの言葉が混同されがちですが、それぞれの意味と臨床的な重要性を理解することは、馬の健康を正しく把握するために非常に大切です。
馬尿酸(Hippuric Acid)の正体と発見の経緯
馬尿酸(Hippuric Acid)は、ギリシャ語で「馬」を意味する「hippos」と「尿」を意味する「ouron」に由来する有機酸です。その名の通り、1829年にユストゥス・フォン・リービッヒによって馬の尿から発見されました。 馬尿酸は、肝臓で安息香酸がグリシンと結合することで生成され、尿中に排泄される物質です。
草食動物に多く見られる物質ですが、人間を含む他の動物の尿にも少量存在します。しかし、その臨床的な意義は、動物種によって大きく異なります。
人間における馬尿酸検査の主な目的
人間において馬尿酸の検査が行われる主な目的は、有機溶剤であるトルエンへの曝露評価です。 トルエンが体内に吸収されると、肝臓で代謝されて安息香酸となり、さらにグリシンと結合して馬尿酸として尿中に排泄されます。
そのため、トルエンを取り扱う作業者の特殊健康診断では、尿中の馬尿酸濃度がトルエン曝露の指標として用いられます。 また、肝機能の検査に利用されることもあります。
馬の健康診断における馬尿酸の臨床的意義
馬尿酸は馬の尿から発見された物質ではありますが、馬の健康診断において、尿酸のように主要な診断項目として routinely 測定されることはほとんどありません。 人間のようにトルエン曝露の指標として用いられることも、馬の一般的な臨床現場では稀です。
馬の腎機能や肝機能の評価には、尿素窒素(BUN)やクレアチニン、肝酵素(AST、ALTなど)といった、より直接的で確立された血液検査項目が用いられます。馬尿酸の異常値が馬の特定の疾患と関連付けられることは、現在のところ一般的ではありません。
愛馬の腎臓と代謝の健康を測る主要な血液検査項目

馬の健康状態を把握するためには、尿酸値に一喜一憂するのではなく、獣医師が推奨する標準的な血液生化学検査項目を定期的にチェックすることが重要です。これらの検査項目は、腎臓や肝臓、その他の臓器の機能、栄養状態、電解質バランスなど、馬の体内で起こっている様々な変化を教えてくれます。
腎機能評価の要:BUNとクレアチニン
馬の腎臓の健康状態を評価する上で最も重要な指標となるのが、尿素窒素(BUN)とクレアチニンです。 これらは体内で生成される老廃物であり、健康な腎臓によって血液中から濾過され、尿として排泄されます。
BUNやクレアチニンの値が高い場合、腎臓の機能が低下している可能性が考えられます。特に、クレアチニンは筋肉の代謝産物であり、腎臓の濾過機能と密接に関連しているため、腎機能障害のより正確な指標として用いられます。これらの数値に異常が見られた場合は、さらなる精密検査が必要となるでしょう。
肝機能の状態を示す検査項目
肝臓は、体内の様々な代謝や解毒を担う重要な臓器です。馬の肝機能の状態を評価するためには、AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)、ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)、ALP(アルカリホスファターゼ)、γ-GTP(ガンマグルタミルトランスペプチダーゼ)、総ビリルビン、総胆汁酸(TBA)などの項目が検査されます。
これらの酵素や物質の数値に異常が見られる場合、肝臓に何らかの障害が起きている可能性を示唆します。例えば、ASTやALTは肝細胞が破壊されると血液中に漏れ出すため、肝炎や肝細胞の損傷を示唆することがあります。肝機能の異常は、食欲不振や元気消失など、様々な症状として現れることがあります。
その他、馬の健康状態を把握する重要な項目
腎臓や肝臓の機能以外にも、馬の全身の健康状態を把握するためには、様々な血液検査項目が役立ちます。例えば、総タンパク(TP)やアルブミンは栄養状態や炎症の有無を、血糖値(Glu)はエネルギー代謝の状態を、電解質(Na、K、Clなど)は体液バランスを反映します。
また、CK(クレアチニンキナーゼ)は筋肉の損傷を示す指標となり、運動後の筋肉疲労や筋疾患の診断に役立ちます。 これらの項目を総合的に評価することで、愛馬の隠れた体調不良や病気の早期発見につながる可能性が高まります。
馬の尿酸値に関するよくある質問

馬の尿酸について、飼い主様が抱きやすい疑問にお答えします。人間とは異なる馬の生理機能を理解し、適切な健康管理に役立ててください。
- 馬の尿酸値が高いと言われたらどうすれば良いですか?
- 馬の尿酸値を下げる食事はありますか?
- 馬の尿酸値が低い場合は問題がありますか?
- 馬の尿酸は体内でどのような役割をしていますか?
- 馬の尿酸はどのように測定しますか?
馬の尿酸値が高いと言われたらどうすれば良いですか?
馬の血液検査で「尿酸値が高い」と指摘されることは、一般的な馬の健康診断では稀なケースです。 もしそのような結果が出た場合、まず「尿酸(Uric Acid)」と「馬尿酸(Hippuric Acid)」のどちらの数値であるかを確認することが大切です。前述の通り、馬は尿酸をアラントインに変換するため、人間のような高尿酸血症は通常問題になりません。
もし測定されたのが「尿酸」であり、その値が異常に高い場合は、何らかの代謝異常や腎機能のわずかな変化を示唆している可能性もゼロではありません。しかし、これは非常に特殊な状況であり、獣医師と詳細に相談し、他の血液検査項目や臨床症状と合わせて総合的に判断する必要があります。
馬の尿酸値を下げる食事はありますか?
人間の場合、高尿酸血症の改善にはプリン体を多く含む食品の制限などが推奨されますが、馬においては尿酸値を下げるための特定の食事療法は一般的ではありません。馬は草食動物であり、その消化器系や代謝は人間とは大きく異なります。
馬の健康的な食事は、良質な牧草を主体とし、必要に応じて適切な量の穀物やサプリメントを与えることが基本です。バランスの取れた食事と十分な水分摂取は、馬の全身の健康維持に不可欠であり、結果的に代謝機能の正常化にもつながります。
馬の尿酸値が低い場合は問題がありますか?
馬の尿酸値が低いこと自体が、直接的な健康問題として認識されることはほとんどありません。 馬の体内で尿酸は速やかにアラントインに変換され排泄されるため、血液中の尿酸濃度は元々低い傾向にあります。
もし、他の血液検査項目に異常がなく、馬の臨床症状も正常であれば、尿酸値が低いことを過度に心配する必要はないでしょう。重要なのは、個々の検査項目だけでなく、馬全体の健康状態や他の関連する検査結果を総合的に見て判断することです。
馬の尿酸は体内でどのような役割をしていますか?
人間の場合、尿酸はプリン体代謝の最終産物であり、過剰になると問題を引き起こしますが、抗酸化作用を持つという説もあります。しかし、馬においては、尿酸が体内で人間のような主要な生理的役割を担っているという明確な報告は一般的ではありません。
馬の体内で生成された尿酸は、前述のウリカーゼ酵素によってアラントインに変換され、主に老廃物として排泄されます。したがって、馬の健康維持における尿酸の直接的な役割は、人間とは異なると考えられます。
馬の尿酸はどのように測定しますか?
馬の尿酸(Uric Acid)の測定は、血液検査によって行われます。 獣医師が採血を行い、専門の検査機関に送ることで、血中の尿酸濃度を測定することが可能です。ただし、前述の通り、馬の尿酸値は一般的な健康診断の主要項目ではないため、特別な理由がない限り、ルーチンで測定されることは少ないでしょう。
一方、「馬尿酸(Hippuric Acid)」は、主に人間の有機溶剤曝露検査で尿検体を用いて測定されます。 馬の臨床現場で馬尿酸を測定するケースは、非常に限定的であると言えます。
まとめ

- 馬の「尿酸」は人間とは異なり、ウリカーゼ酵素によってアラントインに変換され排泄される。
- 馬は人間のような高尿酸血症による痛風をほとんど発症しない。
- 「馬尿酸」は馬の尿から発見された有機酸だが、人間ではトルエン曝露の指標として用いられる。
- 馬の健康診断において、尿酸や馬尿酸は主要な診断項目ではない。
- 馬の腎機能評価にはBUNとクレアチニンが重要である。
- 肝機能評価にはAST、ALT、ALP、γ-GTP、総ビリルビン、TBAなどが用いられる。
- 総タンパクや血糖値、電解質も馬の全身の健康状態を把握する上で重要。
- CKは馬の筋肉の損傷を示す指標となる。
- 馬の尿酸値を下げるための特別な食事療法は一般的ではない。
- 馬の尿酸値が低いこと自体は通常問題視されない。
- 馬の尿酸は体内で人間のような主要な生理的役割は担わない。
- 馬の尿酸は血液検査で測定可能だが、ルーチン検査項目ではない。
- 愛馬の健康管理には、獣医師による定期的な血液生化学検査が不可欠。
- 個々の検査項目だけでなく、馬全体の臨床症状と合わせて総合的に判断する。
- 馬の健康に関する疑問は、必ず獣医師に相談することが大切。
