妊娠・出産から子育て期にかけて、切れ目のない支援を提供するフィンランド発祥の「ネウボラ」制度。日本でも「子育て世代包括支援センター」として導入が進み、多くの自治体でその取り組みが広がりを見せています。しかし、その一方で、日本版ネウボラが抱える課題やデメリットも指摘されているのが現状です。本記事では、ネウボラの基本的な概念から、日本での導入状況、そして利用者が知っておくべきデメリットや注意点について詳しく解説します。
ネウボラとは?フィンランド発祥の包括的子育て支援制度

ネウボラは、フィンランド語で「助言の場」を意味する言葉です。この制度は、妊娠が分かったときから子どもが小学校に入学するまでの間、一貫して家族をサポートする公的な子育て支援システムとして、フィンランドで長年にわたり機能してきました。その目的は、単に医療的なケアを提供するだけでなく、家族全体の健康と福祉を促進し、子育てに関するあらゆる不安や悩みに寄り添うことにあります。
「助言の場」ネウボラの基本概念
フィンランドのネウボラは、1920年代に乳児死亡率の高さという社会課題を背景に、小児科医や看護師らが自発的に始めた活動が起源とされています。その後、1944年には法制化され、現在では国民皆保険サービスとして全ての家庭に無料で提供されており、その利用率はほぼ100%に達しています。ネウボラは、妊娠期から就学前までの子どもを持つ家族を対象に、地域の健診・相談支援の拠点として機能しているのです。
ネウボラの専門職は、利用者の目線に寄り添い、一方的に指導するのではなく、個別の家族に必要な情報や助言を適切なタイミングで提供します。これにより、家族は安心して子育てに取り組める環境が整えられています。
フィンランドネウボラの大きなメリット
フィンランドのネウボラが世界中から注目されるのには、いくつかの大きなメリットがあるからです。これらのメリットは、日本がネウボラを導入する上での理想像とも言えるでしょう。
継続的な担当保健師による信頼関係
フィンランドのネウボラでは、一家族に対して同じ保健師が妊娠期から子どもが就学するまで継続的に担当します。これにより、家族と保健師の間で深い信頼関係が築かれ、健康面だけでなく、子どもの成長、子育ての悩み、家庭内の問題、さらには生活状況や経済状況といったデリケートな問題まで、何でも気軽に相談できる環境が生まれます。この継続的な関係が、問題の早期発見と早期支援に繋がる重要な要素となっています。
ワンストップでの多角的なサポート
ネウボラは、妊婦健診、乳幼児健診、予防接種といった母子保健サービスだけでなく、必要に応じて助産師、心理士、ソーシャルワーカーなどの専門家や、他の支援機関へと繋ぐ窓口としての役割も果たします。これにより、家族は複数の機関をたらい回しにされることなく、必要な支援をワンストップで受けられるのです。また、パートナーやきょうだいを含めた総合健診も行われ、家族全体で子育てをする意識を高め、母親の負担を軽減する効果も期待できます。
早期発見・早期支援による予防効果
継続的なサポートと多角的な視点により、ネウボラは健康上の異変だけでなく、貧困、虐待、産後うつなどの問題の早期発見、予防、早期支援に貢献しています。これにより、乳幼児の安定的な発達を促し、長期的な視点で見れば医療費のコスト削減にも繋がると考えられています。フィンランドでは、ネウボラを通じて児童虐待死を激減させたという実績も報告されており、その予防効果の高さがうかがえます。
日本版ネウボラ(子育て世代包括支援センター)の現状とメリット

フィンランドのネウボラ制度に学び、日本でも2017年に「子育て世代包括支援センター」が法定化され、2024年4月からは「こども家庭センター」へと統合される形で、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援を目指す取り組みが全国で進められています。これは「日本版ネウボラ」とも呼ばれ、各自治体が地域の実情に合わせて様々なサービスを提供しています。
日本での導入経緯と普及状況
日本では、これまで妊娠・出産期の妊婦健診は医療機関、産後1ヶ月以降の乳児健診は地域の保健センター、子どもの不調は小児科、母親の不調は内科や婦人科と、子育て支援を担う機関が分断されているという課題がありました。このため、利用者にとって負担が大きく、早期から適切なサポートを受けられない事態も発生していました。
このような背景から、妊娠・出産・子育てを切れ目なくサポートする仕組みとして、2014年から「妊娠・出産包括支援モデル事業」が試行的に導入され、2017年には「子育て世代包括支援センター」が法定化されました。2020年時点で全国1288の自治体(2052か所)に設置されており、その数は年々増加しています。
日本版ネウボラが提供する主な支援内容
日本版ネウボラでは、保健師、助産師、看護師、ソーシャルワーカーなどの専門職が配置され、妊婦やその家族から、妊娠、出産、子育てに関するあらゆる相談に応じています。具体的な支援内容は自治体によって異なりますが、以下のようなサービスが提供されています。
- 妊娠届出時の面談(ネウボラ面接)
- 母子健康手帳の交付と説明
- 妊婦健診、乳幼児健診、予防接種などの母子保健サービス
- 自宅訪問による相談や育児支援
- 両親学級、子育て講座、交流会などの開催
- 子育てに関する情報提供や関係機関への紹介
- 育児パッケージや出産祝い品の支給(自治体による)
例えば、東京都文京区では、妊娠が分かると保健師とのネウボラ面接を行い、育児に必要な用品を詰めた「育児パッケージ」が贈られます。産後には助産師や保健師による訪問サポートや、パパママ同士の交流会なども実施されています。
日本版ネウボラの利点
日本版ネウボラの最大の利点は、妊娠、出産、育児の悩みをワンストップで相談し、支援を受けられる点にあります。これまでバラバラだった相談窓口や施設が一体化することで、「ここへ行けば、子育てのことはなんでも相談できる」という安心感が得られます。
また、妊娠届の提出を支援のスタート地点とすることで、妊娠初期から継続的なサポートが受けやすくなります。これにより、妊婦やその家族が抱える不安や悩みを早期に把握し、必要な支援へと繋げることが可能になります。
さらに、自治体によっては、フィンランドの育児パッケージを参考にした独自の育児グッズの提供や、出産・子育てに関する助成金制度を設けているところもあり、経済的な支援も期待できるでしょう。
ネウボラデメリットと日本版ネウボラが抱える主な課題

日本版ネウボラは、フィンランドの優れた制度を参考に導入が進められていますが、日本の社会状況や既存の制度との兼ね合いから、いくつかのデメリットや課題も指摘されています。これらの課題は、利用者がネウボラサービスを最大限に活用するためにも理解しておくべき重要な点です。
担当保健師の継続性の問題
フィンランドのネウボラが成功している大きな理由の一つに、妊娠期から子どもが就学するまで、同じ保健師が一貫して家族を担当する「担当保健師制度」があります。これにより、家族と保健師の間に深い信頼関係が築かれ、きめ細やかな支援が可能になります。しかし、日本の保健師は異動があるため、フィンランドのように同じ保健師が継続して担当することは難しいのが現状です。
担当者が頻繁に変わってしまうと、家族は毎回同じ話を繰り返す必要が生じ、信頼関係を築きにくくなります。これにより、デリケートな悩みを打ち明けにくくなったり、支援が途切れてしまうリスクも考えられます。この継続性の欠如は、日本版ネウボラが抱える最も大きな課題の一つと言えるでしょう。
既存サービスとの連携不足と支援の分断
日本版ネウボラは「切れ目のない支援」を目指していますが、実際には既存の医療機関や福祉サービスとの連携が十分に機能していないケースも散見されます。日本では、妊娠健診は病院、乳幼児健診は保健センター、子育て相談は児童館など、それぞれの機関が独立してサービスを提供してきた歴史があります。ネウボラがこれらのサービスを「一体的に提供する仕組み」として機能するためには、各機関間の密な連携が不可欠です。
連携が不足していると、結局は利用者が自分で複数の機関に足を運び、情報を伝え直す手間が発生してしまいます。これにより、ワンストップ支援というネウボラのメリットが十分に活かされず、支援が分断されてしまうというデメリットが生じかねません。
利用者への認知度と利用率の課題
フィンランドではネウボラの利用率がほぼ100%であるのに対し、日本ではまだその存在自体を知らない、あるいは利用方法が分からないという人も少なくありません。日本版ネウボラは2017年に法定化された比較的新しい制度であり、その認知度向上が大きな課題となっています。
また、利用を促すためのインセンティブ(フィンランドの育児パッケージのような)が自治体によって異なるため、利用意欲に差が出る可能性もあります。「困ったら来てください」という受け身の姿勢では、本当に支援を必要としている人に情報が届きにくいというデメリットも考えられるでしょう。
地域によるサービス格差と財政的制約
日本版ネウボラのサービス内容は、各自治体の裁量に任されている部分が大きいため、地域によって提供される支援の内容や質に差が生じる可能性があります。充実したサービスを提供している自治体がある一方で、財政的な制約や人員不足により、十分な支援が行き届かない地域も存在します。
特に、保健師や助産師などの専門職の確保は、地方自治体にとって大きな課題となることがあります。これにより、きめ細やかな個別支援が難しくなったり、相談対応時間が限られたりするなどのデメリットが生じることも考えられます。この地域格差は、公平な子育て支援の実現を阻む要因となり得ます。
支援の「レッテル貼り」への懸念
ネウボラは本来、全ての家族を対象とした予防的な支援であり、特定の課題を抱える家庭に「レッテルを貼る」ものではありません。しかし、日本での導入過程において、支援が必要な家庭を特定し、介入するという側面が強調されすぎると、利用者が「問題のある家庭」と見なされることを恐れて、相談をためらってしまう可能性があります。
このような「レッテル貼り」への懸念は、ネウボラの利用を遠ざけ、結果として本当に支援が必要な家庭が孤立してしまうという負の側面を生み出す可能性があります。ネウボラが「力を引き出す支援」であるという本来の理念を、利用者と支援者双方が理解することが重要です。
ネウボラを最大限に活用するためのコツと注意点

日本版ネウボラにはいくつかの課題があるものの、妊娠・出産・子育てを支援する重要な役割を担っています。これらのサービスを上手に活用することで、子育ての不安を軽減し、より安心して子育てができるようになります。ここでは、ネウボラを最大限に活用するためのコツと注意点をご紹介します。
積極的に情報収集し、相談窓口を活用する
まず、お住まいの自治体がどのようなネウボラサービスを提供しているのか、積極的に情報収集することが大切です。自治体のウェブサイトや広報誌、母子健康手帳交付時の説明会などを通じて、利用できるサービスの内容や相談窓口を確認しましょう。
妊娠中や子育て中に少しでも不安や悩みがあれば、遠慮せずにネウボラの相談窓口を利用してください。早期に相談することで、問題が大きくなる前に適切な支援を受けられる可能性が高まります。保健師や助産師などの専門職は、あなたの話に耳を傾け、必要な情報提供やアドバイスをしてくれるでしょう。
複数の支援機関との連携を意識する
日本版ネウボラは、切れ目のない支援を目指していますが、前述の通り、既存の医療機関や福祉サービスとの連携がまだ十分でない場合もあります。そのため、利用者自身が複数の支援機関との連携を意識することも重要です。
例えば、かかりつけの産婦人科医や小児科医、地域の児童館や子育てサークルなど、様々な場所で得られる情報をネウボラの担当者に伝えたり、逆にネウボラで得た情報を他の機関と共有したりすることで、より包括的なサポートを受けられるようになります。必要に応じて、ネウボラの担当者に他の専門機関への紹介を依頼することも検討しましょう。
地域のネウボラサービス内容を確認する
日本版ネウボラのサービス内容は自治体によって異なります。育児パッケージの有無や内容、提供される講座の種類、家庭訪問の頻度、産後ケア事業の充実度など、地域によって差があることを理解しておく必要があります。転居を検討している場合は、転居先の自治体のネウボラサービス内容を事前に確認することをおすすめします。
また、実際にサービスを利用している先輩ママやパパの口コミも参考になるでしょう。地域のネウボラがどのような特徴を持っているのかを知ることで、自分や家族に合ったサービスを効果的に利用できるようになります。
よくある質問

ネウボラは誰でも利用できますか?
ネウボラ(子育て世代包括支援センター)は、妊娠中の方から子どもが就学するまでの子育て家庭であれば、誰でも利用できます。国籍や所得に関わらず、無料で相談や支援を受けられるのが特徴です。
ネウボラと保健センターの違いは何ですか?
保健センターは主に乳幼児健診や予防接種、健康相談など、母子保健サービスを提供する機関です。一方、ネウボラ(子育て世代包括支援センター)は、保健センターの機能に加え、妊娠期からの相談、子育て支援サービス、さらには福祉的な支援までをワンストップで提供する包括的な支援拠点です。多くの自治体では、保健センターがネウボラの機能を担っているか、連携してサービスを提供しています。
ネウボラでどんな相談ができますか?
ネウボラでは、妊娠中の体調や出産への不安、産後の心身の不調、授乳や離乳食、子どもの発達、しつけ、夫婦関係、経済的な問題、虐待の悩みなど、子育てに関するあらゆる相談が可能です。専門職があなたの話に耳を傾け、適切なアドバイスや情報提供、必要に応じて他の専門機関への紹介を行います。
ネウボラを利用する費用はかかりますか?
ネウボラ(子育て世代包括支援センター)の相談や基本的なサービスは、無料で利用できます。これは、フィンランドのネウボラが国民皆保険サービスとして無料で提供されているのと同様です。ただし、提供されるサービスによっては一部自己負担が発生する場合もありますので、事前に確認することをおすすめします。
担当の保健師は変わることはありますか?
フィンランドのネウボラでは、同じ保健師が継続して担当することが一般的ですが、日本の保健師は異動があるため、担当者が変わる可能性はあります。しかし、引き継ぎは行われるため、これまでの相談内容が全く引き継がれないということはありません。担当者が変わることに不安を感じる場合は、その旨を伝えてみましょう。
まとめ

- ネウボラはフィンランド発祥の包括的子育て支援制度です。
- 「助言の場」として妊娠期から就学前まで家族をサポートします。
- フィンランドでは同じ保健師が継続的に担当し、信頼関係を築きます。
- ワンストップで多角的なサポートを提供し、早期発見・早期支援に繋がります。
- 日本版ネウボラは「子育て世代包括支援センター」として全国に普及しています。
- 日本版ネウボラは妊娠届出時から切れ目のない支援を目指します。
- 日本版ネウボラの最大の利点はワンストップでの相談・支援です。
- 日本版ネウボラの課題は担当保健師の継続性の問題です。
- 既存サービスとの連携不足や支援の分断も課題として挙げられます。
- 利用者への認知度や利用率の向上が求められています。
- 地域によるサービス格差や財政的制約もデメリットとなり得ます。
- 支援の「レッテル貼り」への懸念も払拭すべき点です。
- ネウボラを最大限に活用するには積極的な情報収集が大切です。
- 複数の支援機関との連携を意識し、活用しましょう。
- お住まいの地域のネウボラサービス内容を事前に確認することが重要です。
