「いろはにほへと」という言葉を聞くと、多くの日本人が懐かしさや親しみを感じるのではないでしょうか。しかし、これが音楽の「音階」とどのように関係しているのか、具体的に説明できる人は少ないかもしれません。本記事では、この奥深い「いろはにほへと音階」の正体に迫り、その構造や特徴、そして日本の伝統音楽から現代のJ-POPに至るまで、幅広いジャンルで愛される理由を徹底的に解説します。西洋音階との違いや、他の日本固有の音階についても触れながら、五音階が織りなす独特の響きの魅力を深く掘り下げていきましょう。
いろはにほへと音階とは?日本の心に響く五音階の正体

「いろはにほへと音階」という言葉は、日本の音楽文化に深く根ざした五音階の一種を指すことが多いです。しかし、この表現には、実は二つの異なる意味合いが含まれていることをご存存じでしょうか。一つは、日本の伝統的な音名として使われる「ハニホヘトイロハ」という呼び方、そしてもう一つは、日本の多くの楽曲で用いられる「ヨナ抜き音階」という特定の五音階を指す場合です。この二つの側面を理解することが、日本の音楽の魅力を深く知る第一歩となります。
「いろはにほへと」が示す二つの意味
「いろはにほへと」という言葉は、もともと「いろは歌」という平安時代に作られた仮名手本歌の冒頭部分です。この歌は、ひらがな47文字を重複させずに全て使って作られており、仏教の「諸行無常」の思想を詠んだものとして知られています。現代でも「物事のいろは」というように、基礎や基本を意味する言葉として使われていますね。
一方、音楽の世界では、「ハニホヘトイロハ」が西洋音楽の音名「CDEFGAB」に対応する日本語の音名として用いられます。具体的には、ハがC、ニがD、ホがE、ヘがF、トがG、イがA、ロがBに当たります。 このように、「いろはにほへと」という言葉は、歌の歌詞と音楽の音名という、異なる文脈で使われているのです。
ヨナ抜き音階が「いろはにほへと音階」と呼ばれる理由
「いろはにほへと音階」という表現が、しばしば「ヨナ抜き音階」を指すのは、その音の響きが日本人の感性に非常に馴染み深く、日本の伝統的な雰囲気を強く感じさせるためです。ヨナ抜き音階は、西洋の長音階(ドレミファソラシド)から特定の二つの音を抜いた五音階であり、その素朴で親しみやすい響きが、多くの日本の楽曲で用いられてきました。 「いろは歌」が日本の文化に深く浸透しているように、ヨナ抜き音階もまた、日本の音楽の根幹をなす存在として認識されていることから、この二つの言葉が結びついて使われるようになったと考えられます。
ドレミファソラシドとの決定的な違い
私たちが普段耳にする「ドレミファソラシド」は、西洋音楽の長音階であり、7つの音で構成されています。これに対し、いろはにほへと音階の正体であるヨナ抜き音階は、5つの音で構成される「五音音階(ペンタトニックスケール)」です。 この音数の違いが、両者の響きに決定的な差を生み出します。ドレミファソラシドは半音を含むため、より複雑で豊かなハーモニーを構築できますが、ヨナ抜き音階は半音を含まない(または特定の半音の配置を持つ)ため、よりシンプルで、どこか懐かしさを感じる独特のメロディを生み出すのです。
ヨナ抜き音階の構造と特徴

ヨナ抜き音階は、その名の通り、西洋の長音階から特定の二つの音を「抜く」ことで成立する五音音階です。このシンプルな構造が、日本人の心に響く独特のメロディを生み出す秘密を握っています。ここでは、ヨナ抜き音階がどのような音で構成され、どのような特徴を持つのかを詳しく見ていきましょう。
抜かれる二つの音「ヨ」と「ナ」
ヨナ抜き音階の「ヨ」と「ナ」は、明治時代に西洋音階の音名を日本語に当てはめた際に使われた「ヒフミヨイムナ」という呼称に由来します。この呼称において、ヨはファ(第4音)、ナはシ(第7音)に当たります。つまり、ヨナ抜き音階とは、長音階(ドレミファソラシド)からファとシの音を抜いた「ドレミソラ」という五つの音で構成される音階のことなのです。
この二つの音を抜くことで、メロディに半音のぶつかりが少なくなり、より開放的で、どこか素朴な響きが生まれます。特に、導音(主音の半音下の音)であるシが抜けることで、西洋音楽のような強い終止感よりも、ゆったりとした浮遊感や、穏やかな響きが特徴となります。
陽音階としての明るい響き
ヨナ抜き音階は、その響きから「陽音階」とも呼ばれます。 これは、半音を含まず、明るく開放的な印象を与えるためです。ドレミソラという音の並びは、長調の明るさを持ちながらも、ファとシがないことで、西洋音楽特有の緊張感や解決感を伴うハーモニーとは異なる、より穏やかで、親しみやすいメロディを生み出します。この「陽」の響きが、日本の唱歌や民謡、そして現代のポップスにも広く用いられる理由の一つです。
なぜ日本人の耳に心地よいのか
ヨナ抜き音階が日本人の耳に心地よく響くのは、単に慣れ親しんでいるからというだけでなく、その音程関係が日本の伝統的な音楽の感性と深く結びついているからです。半音の少ないシンプルな構成は、歌いやすく、覚えやすいメロディを作り出します。また、西洋音楽のような複雑な和声進行に頼らずとも、メロディそのものが持つ力強さや情緒を際立たせることができます。 このような特徴が、日本人が古くから育んできた音楽的な美意識と合致し、心の琴線に触れる響きとして受け継がれてきたのでしょう。
いろはにほへと音階が活躍する音楽ジャンル

ヨナ抜き音階、すなわち「いろはにほへと音階」は、その親しみやすい響きから、日本の様々な音楽ジャンルで重要な役割を担ってきました。古くから伝わる唱歌や民謡から、現代のヒットチャートを賑わすJ-POPに至るまで、この五音階は日本人の心に響くメロディを生み出し続けています。ここでは、具体的な音楽ジャンルでの活躍を見ていきましょう。
唱歌や童謡に息づく親しみやすさ
日本の唱歌や童謡には、ヨナ抜き音階が数多く用いられています。「蛍の光」や「故郷の空」といった誰もが知る名曲は、まさにヨナ抜き音階の代表例です。 これらの曲が、なぜこれほどまでに多くの人々に歌い継がれ、親しまれてきたのでしょうか。それは、ヨナ抜き音階が持つシンプルで覚えやすいメロディラインにあります。半音の少ない構成は、子供でも歌いやすく、耳に残りやすい特徴を持っています。また、明るく穏やかな響きは、郷愁を誘い、心の安らぎを与える効果があるため、教育現場でも長く愛されてきました。
民謡や演歌の哀愁を表現する力
日本の民謡や演歌も、ヨナ抜き音階が多用されるジャンルです。特に演歌では、ヨナ抜き短音階(ラシドミファ)が哀愁を帯びたメロディを生み出し、日本人の琴線に触れる歌声に深みを与えています。 民謡においては、地域ごとの特色を色濃く反映した様々な五音音階が存在しますが、ヨナ抜き音階はその中でも陽気さや力強さを表現する「陽音階」として、多くの楽曲で用いられてきました。 これらのジャンルにおいて、ヨナ抜き音階は、歌詞が持つ情景や感情をより豊かに表現するための重要な要素となっています。
現代のJ-POPにも見られる和のテイスト
ヨナ抜き音階は、決して過去の音楽だけの話ではありません。現代のJ-POPにおいても、楽曲に「和」のテイストや懐かしさを加える手法として、意識的あるいは無意識的に用いられることがあります。 例えば、米津玄師さんの「打ち上げ花火」のサビでは、ヨナ抜き音階が効果的に使われており、鮮やかでありながらどこか切ない日本の夏の情景を見事に表現しています。 このように、ヨナ抜き音階は、西洋音楽のコード進行と組み合わせることで、新しいけれどどこか懐かしい、独特の響きを持つ楽曲を生み出す可能性を秘めているのです。
日本の多様な伝統音階を知る

「いろはにほへと音階」として親しまれるヨナ抜き音階以外にも、日本には地域やジャンルによって様々な伝統的な五音音階が存在します。これらの音階は、それぞれ異なる音の構成を持ち、日本の音楽文化の多様性と奥深さを物語っています。ここでは、代表的な日本の伝統音階をいくつかご紹介し、その特徴と使われる音楽について見ていきましょう。
民謡音階:地域色豊かな響き
民謡音階は、その名の通り、日本の民謡で最も多く使われる音階です。 地域によって様々なバリエーションがありますが、一般的にはレを中心の音とする「レミソラド」のような構成が特徴とされます。 ヨナ抜き音階と同様に半音を含まない陽音階に分類されることが多いですが、その響きはより土着的で、力強い印象を与えます。 各地の祭りや労働歌など、人々の生活に密着した音楽の中で育まれ、その土地ならではの情景や感情を豊かに表現してきました。
律音階:雅楽や声明に用いられる厳かさ
律音階は、雅楽や仏教音楽の声明(しょうみょう)といった、より格式高い伝統音楽で中心的に使われる音階です。 一般的にはレを中心の音とする「レファソラド」のような構成が特徴で、ミとシが抜けているため「サンナナ抜き音階」とも呼ばれることがあります。 律音階は、重厚で神秘的な響きを持ち、厳かな儀式や神聖な空間を演出するのに適しています。 その音程は、西洋の平均律とは異なる「三分損益法」という独特の調律法に基づいており、独特の浮遊感や奥行きのある響きを生み出します。
都節音階:近世邦楽を彩る哀愁
都節音階は、三味線や箏(こと)などの近世邦楽、特に江戸時代に都会で流行した芸事でよく使われる音階です。 半音を含むのが大きな特徴で、例えば「ミファラシレミ」のような構成を持ち、陰音階(いんおんかい)とも呼ばれます。 その響きは、哀愁や繊細さ、そして都会的な洗練された雰囲気を強く感じさせます。 歌舞伎の伴奏や地歌、箏曲など、物語性や情景描写を重視する音楽において、都節音階は欠かせない存在となっています。
琉球音階:南国の開放的なメロディ
琉球音階は、沖縄の音楽で最も多く使われる音階です。 本土の五音階とは異なる音程関係を持ち、例えば「ドミファソシド」のような構成が特徴です。 その響きは、明るく開放的で、南国特有の陽気さや力強さを感じさせます。 沖縄民謡や三線音楽など、独特のリズムと相まって、聴く人を魅了する独特の音世界を作り出しています。 「ニロ抜き音階」と呼ばれることもあり、地域性を強く反映した音階として知られています。
雅楽の音階と「いろはにほへと音階」の関連性

日本の伝統音楽の中でも、特に歴史が古く、独特の世界観を持つのが雅楽です。雅楽の音階は、一般的に親しまれている「いろはにほへと音階」(ヨナ抜き音階)とは異なる体系を持っています。しかし、日本の音楽のルーツを辿る上で、雅楽の音階を理解することは非常に重要です。ここでは、雅楽の音階システムとその特徴、そしてヨナ抜き音階との関連性について解説します。
雅楽の十二律と六調子
雅楽は、1000年以上の歴史を持つ日本の宮廷音楽であり、その音階システムは非常に洗練されています。雅楽では、1オクターブを12の音に分ける「十二律(じゅうにりつ)」という概念が用いられます。 これは西洋音楽の12半音に似ていますが、調律法が平均律ではないため、音程の響きが異なります。 また、雅楽には「六調子(りくちょうし)」と呼ばれる6つの主要な調子(モード)があり、それぞれ異なる主音と音階構成を持ちます。 これらの調子は、季節や儀式、楽曲の性格によって使い分けられ、雅楽独特の荘厳で神秘的な響きを生み出しています。
伝統的な「呂旋法」「律旋法」との違い
雅楽の音階は、大きく「呂旋法(りょせんぽう)」と「律旋法(りつせんぽう)」に分けられます。 呂旋法は明るく華やかな響きを、律旋法は重厚で神秘的な響きを特徴とします。 これらの旋法は、中国から伝来した五音音階が日本で独自に発展したものとされています。 しかし、一般的に「いろはにほへと音階」として認識されているヨナ抜き音階は、明治以降に西洋音楽の影響を受けて成立した五音音階であり、雅楽の呂旋法や律旋法とは直接的なルーツが異なります。 雅楽の音階は、より古く、特定の楽器の特性や演奏法と密接に結びついており、西洋音楽の和声とは異なる独特の響きの世界を作り出しています。 ヨナ抜き音階が「ドレミソラ」という明確な五音で構成されるのに対し、雅楽の旋法は、より複雑な音程関係や装飾音を含み、旋律の動きによってその表情を大きく変えるのが特徴です。
よくある質問

- 「いろはにほへと」はなぜ「ハニホヘトイロハ」と読むのですか?
- 日本の音階はなぜ五音階が多いのですか?
- ペンタトニックスケールとヨナ抜き音階は同じですか?
- 「いろは歌」の歌詞にはどのような意味がありますか?
- 雅楽の音階はドレミファソラシドと同じですか?
「いろはにほへと」はなぜ「ハニホヘトイロハ」と読むのですか?
「いろはにほへと」は、もともと「いろは歌」という歌の冒頭部分であり、仮名の手習い歌として使われました。音楽の音名としては、西洋音階のCDEFGABに日本語を当てはめた際に「ハニホヘトイロハ」という順序になりました。 これは、西洋音楽の基準音が「A(ラ)」であり、日本語の音名も「イ(A)」から始まるように対応させたためです。 その結果、ドレミファソラシドの「ド」が「ハ」に、レが「ニ」というように、順番がずれて「ハニホヘトイロハ」となったのです。
日本の音階はなぜ五音階が多いのですか?
日本の伝統音楽に五音音階が多いのは、古代中国から伝わった音楽理論の影響が大きいとされています。 また、半音の少ない五音階は、歌いやすく、覚えやすいという実用的な側面もあります。 さらに、西洋音楽のような複雑な和声よりも、メロディラインの美しさや情緒を重視する日本の音楽文化に適していたため、五音音階が広く普及したと考えられます。
ペンタトニックスケールとヨナ抜き音階は同じですか?
はい、ヨナ抜き音階はペンタトニックスケール(五音音階)の一種です。 ペンタトニックスケールは1オクターブに5つの音が含まれる音階の総称であり、世界中の民族音楽に見られます。ヨナ抜き音階は、その中でも西洋の長音階から第4音(ファ)と第7音(シ)を抜いた特定の形を指します。 したがって、全てのペンタトニックスケールがヨナ抜き音階であるわけではありませんが、ヨナ抜き音階はペンタトニックスケールの一つであると言えます。
「いろは歌」の歌詞にはどのような意味がありますか?
「いろは歌」は、仏教の「涅槃経」にある「諸行無常、是生滅法、生滅滅已、寂滅為楽」という四行詩の思想を基に作られたとされています。 その歌詞は、「色は匂えど散りぬるを(美しい花もやがて散る)」、「我が世誰ぞ常ならん(この世に永遠不変なものはない)」、「有為の奥山今日越えて(移り変わる世の苦難を乗り越え)」、「浅き夢見じ酔いもせず(はかない夢に溺れず、真理を見つめよう)」というように、この世の無常観と、悟りの境地への願いを詠んでいます。
雅楽の音階はドレミファソラシドと同じですか?
いいえ、雅楽の音階はドレミファソラシドとは異なります。 雅楽には「十二律」という独自の音律システムがあり、西洋音楽の平均律とは異なる調律法(三分損益法など)に基づいています。 そのため、同じ音名であっても、厳密な音程が西洋音楽とは異なります。 また、雅楽の旋法は「呂旋法」や「律旋法」などがあり、五音音階を基調としながらも、西洋音楽の長音階や短音階とは異なる独特の響きを持っています。
まとめ

- 「いろはにほへと音階」はヨナ抜き音階を指すことが多い。
- ヨナ抜き音階は五音音階(ペンタトニックスケール)の一種。
- 西洋の長音階からファ(第4音)とシ(第7音)を抜いた構成。
- 「ドレミソラ」という明るく開放的な響きが特徴。
- 半音を含まないため、親しみやすく歌いやすい。
- 唱歌や童謡で広く親しまれている。
- 民謡や演歌の哀愁を表現するのに用いられる。
- 現代のJ-POPにも和のテイストとして活用される。
- 日本の音名「ハニホヘトイロハ」はCDEFGABに対応。
- 「いろは歌」は仏教の無常観を詠んだ歌。
- 日本の伝統音階には民謡音階、律音階、都節音階、琉球音階がある。
- 雅楽の音階は十二律と六調子からなる独自の体系。
- 雅楽の呂旋法、律旋法はヨナ抜き音階とは異なるルーツ。
- 日本の五音階は中国からの影響と独自の発展による。
- 五音階はメロディの情緒を重視する日本の音楽文化に適している。
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