「モラトリアム」という言葉、耳にしたことはありますか? なんとなく「大人になりきれない状態?」といったイメージを持つ方もいるかもしれません。本記事では、モラトリアムの基本的な意味から、心理学における重要な概念としての側面、その特徴や期間、そしてモラトリアム期間を乗り越えるためのヒントまで、わかりやすく解説します。自分自身や周りの人の状況を理解する一助となれば幸いです。
モラトリアムとは?基本的な意味を理解しよう
まず、モラトリアムという言葉が持つ基本的な意味合いを押さえておきましょう。この言葉は、使われる分野によって少しニュアンスが異なりますが、根底には共通する意味があります。
本章では、以下の点を解説します。
- 言葉の語源と一般的な意味
- 心理学におけるモラトリアムの意味
言葉の語源と一般的な意味
モラトリアム(moratorium)は、ラテン語の「mora(遅延)」から派生した「morari(遅延する)」を語源とする言葉です。 一般的には「一時的な停止」や「猶予期間」を意味します。 例えば、金融・経済分野では、災害や経済恐慌などの非常事態時に、政府が法令に基づき、借金の返済などを一定期間猶予する措置を指します。 これは、社会的な混乱を防ぐための重要な制度です。 また、政治の文脈では、法律が公布されてから施行されるまでの猶予期間や 、核実験や原子力発電所の設置などを一時的に停止することもモラトリアムと表現されます。
心理学におけるモラトリアムの意味
一方、心理学の分野、特に発達心理学において「モラトリアム」は非常に重要な概念として扱われます。心理学におけるモラトリアムは、「大人になるための猶予期間」を指します。 これは、アメリカの発達心理学者エリク・H・エリクソンによって提唱された概念です。 エリクソンは、青年期(一般的に12歳~22歳頃 )は、身体的には大人に近づいても、社会的な責任をすぐに負うのではなく、自分自身が何者であるか(アイデンティティ)を探求し、確立するための準備期間が必要だと考えました。 この、社会的な義務や責任を一時的に免除され、自己探求や様々な役割実験を行うための猶予期間が「心理社会的モラトリアム」と呼ばれるものです。 日本では、金融的な意味合いよりも、この心理学的な意味で「モラトリアム」という言葉が使われることが多い傾向にあります。
心理学におけるモラトリアム:エリクソンの発達段階説
心理学におけるモラトリアムを深く理解するには、提唱者であるエリク・エリクソンの発達段階説を知ることが不可欠です。エリクソンは、人間の生涯にわたる発達を8つの段階に分け、各段階で乗り越えるべき心理社会的課題(危機)があるとしました。
本章では、以下の点を解説します。
- エリク・エリクソンとは?
- 青年期における「アイデンティティ vs アイデンティティ拡散」
- モラトリアム=アイデンティティ確立のための猶予期間
- 心理社会的モラトリアムの重要性
エリク・エリクソンとは?
エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger Erikson, 1902-1994)は、ドイツ生まれのアメリカの発達心理学者であり精神分析家です。 彼は、人間の心理社会的発達に関する包括的な理論を提唱し、特に「アイデンティティ(自我同一性)」という概念を広めたことで知られています。 自身の経験(父親が不明であることなど )も、彼の理論形成に影響を与えたと言われています。
青年期における「アイデンティティ vs アイデンティティ拡散」
エリクソンの発達段階説では、青年期(およそ12歳~20代前半)の中心的な課題は「アイデンティティ(自我同一性)の確立 vs アイデンティティ拡散(役割混乱)」であるとされています。 この時期、若者は「自分は何者なのか?」「将来何をしたいのか?」「社会の中でどう生きていくのか?」といった問いに直面します。 身体的な成熟、性の目覚め、そして他者からの見られ方などを通して、自己イメージを形成しようと試みます。 この問いに対して、自分なりの一貫した答えを見出し、「自分は自分である」という感覚(アイデンティティ)を確立することが、この時期の重要な発達課題なのです。 もし、この課題をうまく乗り越えられない場合、自分が何者かわからなくなり、社会的な役割や自分の位置づけが曖昧になる「アイデンティティ拡散」の状態に陥る可能性があります。
モラトリアム=アイデンティティ確立のための猶予期間
エリクソンは、青年期におけるアイデンティティ確立のプロセスには時間がかかり、試行錯誤が必要であると考えました。 そこで重要になるのが「心理社会的モラトリアム」です。 これは、青年がすぐに社会的な役割や責任を引き受けるのではなく、様々な可能性を探求し、自分に合った生き方や価値観を見つけるための「猶予期間」として社会的に認められている期間を指します。 この期間に、若者は学業に励んだり、アルバイトを経験したり、友人関係を深めたり、様々な活動に参加したりすることを通して、自己理解を深め、将来の方向性を模索します。 つまり、モラトリアムは、アイデンティティを確立するための、いわば「実験期間」なのです。
心理社会的モラトリアムの重要性
エリクソンによれば、このモラトリアム期間は、健全なアイデンティティを確立するために不可欠なものです。 十分な試行錯誤の機会なしに、早期に役割を決定してしまうこと(早期完了/フォークロージャー )は、必ずしも望ましいとは限りません。焦って決断を下すのではなく、じっくりと自分自身と向き合い、多様な経験を通して自己を発見していくプロセスが重要なのです。 この期間を有意義に過ごすことで、若者はより確固たる自己同一性を築き、自信を持って次の発達段階(成人期前期:親密性 vs 孤独 )へと進むことができると考えられています。
モラトリアム期間の特徴と心理状態
モラトリアム期間は、多くの若者が経験する、特有の心理状態や行動パターンが見られる時期です。それは、不安定さや葛藤を伴う一方で、大きな成長の可能性を秘めた期間でもあります。
本章では、以下の点を解説します。
- 自己探求と試行錯誤
- 決断の回避と責任感の希薄化
- 理想と現実のギャップ
- 不安定さと可能性
自己探求と試行錯誤
モラトリアム期間の最も顕著な特徴は、活発な自己探求と試行錯誤です。 「自分は何に興味があるのか?」「何が得意なのか?」「どんな価値観を大切にしたいのか?」といった問いに向き合い、様々な役割や生き方を試してみようとします。 クラブ活動、アルバイト、ボランティア、趣味、学業など、多様な活動を通して、自分の可能性を探ります。 このプロセスは、時に方向性が定まらず、迷走しているように見えることもありますが 、自分自身を深く理解し、アイデンティティを形成していく上で非常に重要な過程です。
決断の回避と責任感の希薄化
一方で、モラトリアム期間は、将来に関する重要な決断を先延ばしにしたり、社会的な責任を回避しようとしたりする傾向も見られます。 進路選択、就職、結婚など、人生の大きな岐路に立ったとき、なかなか一つに決められなかったり 、責任ある立場に立つことをためらったりすることがあります。 これは、選択肢が多すぎることへの戸惑い 、失敗への恐れ、あるいはまだ何者にも縛られたくないという自由への希求などが背景にあると考えられます。自分に自信が持てず、決断に伴う責任を負うことへの不安も影響しているかもしれません。
理想と現実のギャップ
青年期は、理想と現実のギャップに悩みやすい時期でもあります。社会や大人に対して批判的な目を向けたり、理想的な自己像を追い求めたりする一方で、現実の自分の未熟さや社会の厳しさに直面し、葛藤を抱えることがあります。特に、社会に出て働き始めてから、思い描いていた理想と現実の仕事内容や人間関係とのギャップに悩み、モラトリアム状態に陥るケースも見られます。 このギャップを乗り越え、現実的な自己評価と社会への適応力を身につけていくことも、モラトリアム期間の重要な課題の一つです。
不安定さと可能性
モラトリアム期間は、心理的に不安定になりやすい時期です。 アイデンティティがまだ確立されていないため、気分の浮き沈みが激しかったり、将来への漠然とした不安を感じたりすることがあります。 自分が何者であるか、どこへ向かっているのかが不明確な状態は、時に苦痛を伴います(アイデンティティ危機 )。しかし、この不安定さは、裏を返せば大きな変化と成長の可能性を秘めているということでもあります。 様々な経験を通して価値観が揺さぶられ、新たな自分を発見するチャンスに満ちた時期なのです。
「モラトリアム人間」とは?その特徴と具体例
「モラトリアム人間」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? これは、エリクソンの言う心理社会的モラトリアムの期間を過ぎても、なかなか社会的な役割や責任を引き受けられず、猶予期間にとどまり続けているように見える人々を指して使われることがあります。
本章では、以下の点を解説します。
- なかなか進路や職業を決められない
- 責任ある立場を避けようとする
- いつまでも親に依存している
- 多様な可能性を模索し続ける
- モラトリアムは悪いことばかりではない?
なかなか進路や職業を決められない
モラトリアム人間の特徴としてよく挙げられるのが、進路や職業選択における決断困難です。 大学を卒業しても就職活動をしなかったり、就職してもすぐに辞めてしまったり、フリーターやニートとして過ごしたりするケースがあります。 自分のやりたいことや向いていることが分からず 、多くの選択肢の前で迷い続け 、なかなか一つの道にコミットできない状態です。自己分析が不十分で、自分の適性や価値観を理解できていないことも一因と考えられます。
責任ある立場を避けようとする
社会人としての責任ある立場や役割をできるだけ避けようとする傾向も見られます。 正社員として働くことや、組織の中で責任あるポジションに就くことに抵抗を感じたり、結婚や家庭を持つといった人生の大きな決断を先延ばしにしたりすることがあります。これは、自由でいたい、束縛されたくないという気持ちや、失敗することへの恐れ、自信のなさなどが背景にあると考えられます。 大人になることへの不安や抵抗感が強い状態とも言えるでしょう。
いつまでも親に依存している
経済的、あるいは精神的に親への依存から抜け出せない状態も、モラトリアム人間の特徴として指摘されることがあります。 実家で暮らし続け、親の収入を頼りに生活していたり 、重要な決断を親に委ねてしまったりするケースです。自立した生活を送ることへの不安や、親元を離れることへの抵抗感などが考えられます。心理的な離乳(親からの精神的な自立)がうまく進んでいない状態とも言えます。
多様な可能性を模索し続ける
一方で、「モラトリアム人間」と呼ばれる状態は、必ずしもネガティブな側面ばかりではありません。見方を変えれば、納得のいく生き方を見つけるために、時間をかけて多様な可能性を模索し続けている状態とも捉えられます。 既存の社会の枠組みにとらわれず、自分らしい生き方を追求しようとしているのかもしれません。様々な経験を積む中で、独自の価値観やスキルを培っている可能性もあります。 この模索期間が、将来の創造性や深い自己理解につながることもあり得ます。
モラトリアムは悪いことばかりではない?
「モラトリアム人間」という言葉には、しばしば否定的なニュアンスが含まれますが 、本来エリクソンが提唱した心理社会的モラトリアムは、健全な発達に必要な期間です。 問題なのは、その期間が不必要に長引いたり、自己探求の努力を怠って単なる責任回避になってしまったりする場合です。 しかし、自分自身と真剣に向き合い、試行錯誤を続けているのであれば、それは決して「悪いこと」ではありません。 むしろ、そのプロセスを経て確立されたアイデンティティは、より強固で自分らしいものになる可能性があります。 重要なのは、その期間をどのように過ごすか、そしていずれは自分なりの決断を下し、社会と関わっていく意志を持つことです。
モラトリアム期間はいつまで?長引く原因と影響
モラトリアム期間は、アイデンティティ確立のための重要な時期ですが、その長さは人それぞれです。いつまでも続くわけではなく、多くの場合は青年期から成人期への移行期に経験されます。しかし、中にはこの期間が長引いてしまうケースもあります。
本章では、以下の点を解説します。
- 一般的なモラトリアム期間
- モラトリアムが長引く心理的要因
- 社会的・環境的要因
- 長期化による影響(メリット・デメリット)
一般的なモラトリアム期間
エリクソンの理論によれば、心理社会的モラトリアムは主に青年期(12歳頃~20代前半)に経験されるとされています。 高校生や大学生の時期が、社会的な責任を猶予され、自己探求に時間を費やすことが比較的許容される典型的なモラトリアム期間と言えるでしょう。 しかし、明確に「何歳まで」と決まっているわけではありません。 中学生や高校生の頃から深く自己について考える人もいれば 、大学卒業後や社会に出てからモラトリアム状態を経験する人もいます。 期間も数ヶ月の人もいれば、数年にわたる人もいます。
モラトリアムが長引く心理的要因
モラトリアム期間が長引く背景には、いくつかの心理的な要因が考えられます。
- アイデンティティ拡散: 自分が何者か、何をしたいのかが分からず、選択や決断ができない状態が続く。
- 自己肯定感の低さ: 自分に自信が持てず、新しい挑戦や責任ある役割を担うことを恐れてしまう。
- 失敗への恐れ: 間違った選択をしてしまうことや、失敗して傷つくことを極度に恐れ、行動を起こせない。
- 完璧主義: 理想が高すぎたり、完璧な選択を求めすぎたりして、なかなか決断に至らない。
- 依存心: 親や他者に依存する状態から抜け出せず、自立への一歩を踏み出せない。
これらの要因が複合的に絡み合い、モラトリアムからの脱却を難しくしている場合があります。
社会的・環境的要因
個人の心理だけでなく、社会や環境の変化もモラトリアムの長期化に影響を与えている可能性があります。
- 社会の複雑化・価値観の多様化: 選択肢が増えすぎたことで、かえって選びにくくなっている。ロールモデルを見つけにくい。
- 経済的な豊かさ(あるいは格差): 親の経済力に頼って猶予期間を延長できる環境がある一方、経済的な理由で早期の自立を迫られる格差も存在する。
- 高学歴化: 大学進学率の上昇などにより、社会に出るまでの期間が長期化している。
- 雇用の不安定化: 就職難や非正規雇用の増加など、安定した社会的役割を見つけにくい状況がある。
現代社会は、若者がアイデンティティを確立し、スムーズに社会へ移行することを難しくしている側面もあると言えるかもしれません。
長期化による影響(メリット・デメリット)
モラトリアム期間が長引くことには、メリットとデメリットの両面が考えられます。
メリット:
- 深い自己理解: 時間をかけて自己探求することで、より深く自分自身を理解できる可能性がある。
- 多様な経験: 様々な経験を積むことで、視野が広がり、多角的な視点やスキルを身につけられる可能性がある。
- 納得のいく選択: じっくり考えることで、より自分に合った、納得のいく進路や生き方を選択できる可能性がある。
デメリット:
- 社会的適応の遅れ: 就職や自立が遅れることで、同世代とのギャップを感じたり、社会的な信用を得にくくなったりする可能性がある。
- 精神的な不安定さ: 将来への不安や無力感が続き、自己肯定感が低下したり、抑うつ的な状態になったりするリスクがある。
- 機会損失: 決断を先延ばしにすることで、キャリア形成や人間関係構築における重要な機会を逃してしまう可能性がある。
- 経済的な問題: 安定した収入が得られず、経済的に困窮したり、親への依存が続いたりする可能性がある。
モラトリアム期間の長期化は、単なる「猶予」ではなく、様々なリスクを伴う可能性があることを認識しておく必要があります。
モラトリアムを乗り越える・抜け出すためのヒント
モラトリアム期間は、自分自身と向き合う貴重な時間ですが、いずれは自分なりの方向性を見出し、社会へと踏み出していくことが求められます。モラトリアム状態から抜け出し、アイデンティティを確立していくためには、どのようなことを心がければ良いのでしょうか。
本章では、以下の点を解説します。
- 自己理解を深める
- 小さな決断と行動を積み重ねる
- 多様な価値観に触れる
- ロールモデルを見つける
- 専門家のサポートを活用する
自己理解を深める
モラトリアムを抜け出すための第一歩は、自分自身を深く理解することです。 自分が何に興味を持ち、何に価値を感じ、何が得意で何が苦手なのかを知ることが、進むべき道を見つけるための羅針盤となります。日記をつけたり、自己分析ツールを活用したり、信頼できる友人や家族と話したりする中で、自分の内面を探求してみましょう。過去の経験を振り返り、自分がどんな時に喜びや充実感を感じたかを思い出すことも有効です。焦らず、じっくりと自分と対話する時間を持つことが大切です。
小さな決断と行動を積み重ねる
大きな決断が難しいと感じるなら、まずは小さな決断と行動から始めてみましょう。 例えば、「今日はこの本を読んでみる」「週末に興味のあるイベントに参加してみる」「新しいスキルを学ぶために講座に申し込んでみる」など、具体的な行動目標を設定し、実行に移します。小さな成功体験を積み重ねることで、自信がつき、次のステップに進む意欲が湧いてきます。行動することで、予期せぬ発見や出会いが生まれ、新たな興味や関心が見つかることもあります。完璧を目指さず、まずは一歩踏み出す勇気が重要です。
多様な価値観に触れる
自分の殻に閉じこもらず、多様な価値観や生き方に触れることも、視野を広げ、自己理解を深める上で役立ちます。 様々な分野の本を読んだり 、異なるバックグラウンドを持つ人々と交流したり、旅行に出て新しい文化に触れたり してみましょう。インターンシップやボランティア活動などに参加して、実際の社会や仕事を体験することも有効です。 これまで知らなかった世界を知ることで、自分の固定観念が揺さぶられ、新たな可能性に気づくことができます。
ロールモデルを見つける
自分が「こうなりたい」と思えるようなロールモデル(お手本となる人物)を見つけることも、目標設定やモチベーション維持に役立ちます。身近な先輩や尊敬する人物、あるいは歴史上の偉人や著名人など、誰でも構いません。その人がどのように考え、行動し、困難を乗り越えてきたのかを学ぶことで、自分の進むべき方向性や具体的な行動のヒントが得られることがあります。ただし、完全に模倣するのではなく、あくまで参考にし、自分らしいやり方を見つけることが大切です。
専門家のサポートを活用する
一人で悩みを抱え込み、どうしてもモラトリアム状態から抜け出せないと感じる場合は、専門家のサポートを求めることも有効な選択肢です。 学校のカウンセラーやキャリアセンターの相談員、あるいは心理カウンセラーやキャリアコンサルタントなどに相談してみましょう。客観的な視点からのアドバイスや、専門的な知識に基づいたサポートを受けることで、問題解決の糸口が見つかったり、新たな視点が得られたりすることがあります。 悩みを打ち明けるだけでも、気持ちが楽になることがあります。
モラトリアムと関連する心理学用語
モラトリアムという概念を理解する上で、関連するいくつかの心理学用語を知っておくと、より深くその意味合いや背景を捉えることができます。ここでは、モラトリアムと特に関わりの深い用語をいくつか紹介します。
本章では、以下の点を解説します。
- アイデンティティ
- 心理的離乳
- アイデンティティ拡散
- ピーターパンシンドローム
- スチューデント・アパシー
アイデンティティ
アイデンティティ(Identity)は、エリクソン理論の中心的な概念であり、「自我同一性」とも訳されます。 これは、「自分は何者であり、どこへ向かっているのか」という問いに対する、一貫性のある自己認識や感覚を指します。 職業選択、価値観、性的役割、宗教観など、様々な側面における自己定義が含まれます。モラトリアム期間は、まさにこのアイデンティティを確立するための探求と試行錯誤の時期なのです。
心理的離乳
心理的離乳(Psychological Weaning)とは、青年期において、親への情緒的な依存から脱却し、精神的に自立していくプロセスを指します。 親の価値観や期待から距離を置き、自分自身の考えや判断基準を確立していくことが含まれます。モラトリアム期間における自己探求は、この心理的離乳と密接に関連しており、親とは異なる「自分らしさ」を見つけていく過程でもあります。 このプロセスがうまくいかないと、親への依存が続き、自立が困難になることがあります。
アイデンティティ拡散
アイデンティティ拡散(Identity Diffusion)は、エリクソンの理論において、青年期の危機を乗り越えられなかった状態を指します。 これは、自己についての明確な感覚を持てず、将来の目標や自分の役割が定まらない状態です。 何かを選択したり、物事に積極的に関与したりすることが難しく、無気力感や混乱を伴うことがあります。 モラトリアム期間が長期化し、探求もコミットメント(関与・決意)も見られない場合、この状態に陥っている可能性があります。
ピーターパンシンドローム
ピーターパンシンドローム(Peter Pan Syndrome)は、身体的には大人になっても、精神的に成熟することを拒み、いつまでも子供のように振る舞おうとする状態を指す俗語です(正式な心理学用語ではありません)。 責任を回避し、自己中心的で、依存的な傾向が見られます。 モラトリアムが自己探求のための猶予期間であるのに対し、ピーターパンシンドロームは成長そのものを拒否する傾向が強いという点で異なります。 ただし、モラトリアムが長期化し、責任回避の側面が強くなると、この状態と類似して見えることもあります。
スチューデント・アパシー
スチューデント・アパシー(Student Apathy)は、主に大学生に見られる、学業や課外活動など、本来意欲を持つべき対象に対して無気力・無関心になってしまう状態を指します。将来への目標を見失ったり、大学生活に意味を見出せなくなったりすることが原因とされます。モラトリアム期間における目標喪失や無気力感と関連が深い状態と言えます。 アイデンティティの探求が停滞し、無関心や無気力に陥っている場合に、この状態が見られることがあります。
よくある質問
モラトリアムの語源は何ですか?
モラトリアム(moratorium)の語源は、ラテン語の「mora(遅延)」から派生した「morari(遅延する)」という言葉です。 英語の「moratory(支払い猶予の)」という単語も関連しています。
モラトリアムとアイデンティティの関係は?
心理学において、モラトリアムはアイデンティティ(自我同一性)を確立するための重要な「猶予期間」と位置づけられています。 この期間に自己探求や試行錯誤を行うことで、青年は自分らしいアイデンティティを築いていくと考えられています。
モラトリアム期間が長いのは問題ですか?
モラトリアム期間自体は、健全な発達に必要なプロセスですが、不必要に長引くことにはデメリットもあります。 社会的適応の遅れ、精神的な不安定さ、機会損失などのリスクが考えられます。 単なる責任回避にならず、自己探求を進め、いずれは決断を下すことが重要です。
モラトリアムを肯定的に捉えることはできますか?
はい、できます。本来、心理社会的モラトリアムは、自己を発見し、より確固たるアイデンティティを築くための肯定的な期間と捉えられています。 時間をかけて多様な経験をし、深く自己を探求することは、将来の創造性や適応力につながる可能性があります。 重要なのは、その期間を有意義に過ごすことです。
大学生のモラトリアムについて教えてください。
大学生の時期は、社会的な責任を猶予され、学業や様々な活動を通して自己を探求できる、典型的なモラトリアム期間とされています。 この時期に、将来の進路や自分の生き方について悩み、試行錯誤することは自然なことです。 しかし、目標を見失い無気力になる「スチューデント・アパシー」に陥るケースもあります。
モラトリアム症候群とは何ですか?
モラトリアム症候群は、医学や心理学の正式な用語ではありませんが、一般的に、モラトリアム期間が長引き、社会的な責任や役割を引き受けることに強い抵抗を感じる状態を指して使われることがあります。 大人になることへの不安やためらいが強く、自己探求が停滞している状態を示唆する場合が多いです。
心理的モラトリアムとは何ですか?
心理的モラトリアム(あるいは心理社会的モラトリアム)は、エリク・エリクソンが提唱した概念で、青年期において社会的な責任や義務を一時的に猶予され、自己のアイデンティティを探求し確立するための期間を指します。 大人になるための準備期間であり、精神的な成熟のための重要なプロセスとされています。
モラトリアム期間は一般的にいつまでと考えられますか?
明確な年齢制限はありませんが 、一般的には青年期(12歳頃~20代前半)に経験されることが多いとされています。 高校生や大学生の期間が典型例です。 しかし、社会に出た後など、成人期に経験する人もいます。 期間の長さも個人差が大きいです。
モラトリアムの対義語は何ですか?
モラトリアムの直接的な対義語を特定するのは難しいですが、文脈によっていくつかの言葉が対置されることがあります。
- 心理学的な文脈(猶予期間に対して): アイデンティティ確立、早期完了(Foreclosure)、社会的責任の遂行、自立などが考えられます。
- 一般的な意味(猶予・停止に対して): 即時実行、継続、義務の履行などが考えられます。「一意専心」や「即断即決」といった言葉が挙げられることもあります。 フリーランスのように自立して活動する状態が対義語的に感じられるという意見もあります。
まとめ
- モラトリアムは一般的に「猶予期間」「一時停止」を意味する。
- 金融分野では「支払い猶予」などを指す。
- 心理学ではエリクソンが提唱した「大人になるための猶予期間」。
- 青年期にアイデンティティを確立するための準備期間。
- 自己探求と試行錯誤が活発に行われる時期。
- 決断の回避や責任感の希薄化が見られることも。
- 理想と現実のギャップに悩むことがある。
- 心理的に不安定だが、成長の可能性を秘めた時期。
- 「モラトリアム人間」は猶予期間が長引いている状態を指す俗称。
- 進路を決められない、責任を避ける、親に依存するなどの特徴が挙げられる。
- モラトリアム期間は通常青年期だが、明確な期限はない。
- 長期化は心理的・社会的要因が影響し、デメリットもある。
- 乗り越えるには自己理解、小さな行動、多様な価値観への接触が有効。
- ロールモデルを見つけたり、専門家のサポートを活用したりするのも良い。
- 関連用語にアイデンティティ、心理的離乳、アイデンティティ拡散などがある。