日本の誇る高級ジュエリーブランド「TASAKI」。その美しい真珠やダイヤモンドの輝きは、多くの人々を魅了し続けています。しかし、この輝かしいブランドの背後には、創業家である田崎一族の並々ならぬ情熱と、時代とともに変化してきた歴史があることをご存知でしょうか。
本記事では、田崎真珠の礎を築いた創業者の物語から、ブランドが「TASAKI」へと変革を遂げた経緯、そして現在の経営体制に至るまでの軌跡を徹底的に解説します。真珠に人生を捧げた一族の歩みと、その情熱がどのように現代のTASAKIに受け継がれているのかを深く探求していきましょう。
田崎真珠の礎を築いた創業家・田崎俊作氏の情熱
「田崎真珠」の輝かしい歴史は、創業者である田崎俊作氏の真珠への深い情熱から始まりました。1929年、長崎県大村市に生まれた俊作氏は、幼い頃から真珠養殖業を営む父、甚作氏の背中を見て育ちました。その経験が、後の彼の人生を真珠に捧げる大きなきっかけとなったのです。学業優秀で旧制中学を4年で卒業し、海軍兵学校に進学するも終戦を迎え、長崎経済専門学校(現在の長崎大学経済学部)を卒業しました。
卒業後、俊作氏は神戸の真珠会社で約3年間修業を積み、真珠に関する知識と技術を磨きました。そして1954年、神戸市で養殖真珠加工販売業を個人で開始します。これが、現在のTASAKIの原点となる「田崎真珠」の創業でした。 俊作氏は、真珠の養殖から加工、販売までを一貫して自社で行うという、当時としては画期的なビジネスモデルを確立しました。
この一貫体制こそが、田崎真珠の高品質な真珠を支える基盤となったのです。
真珠養殖への挑戦と「田崎真珠」の誕生
田崎俊作氏が真珠養殖にかけた情熱は、並大抵のものではありませんでした。彼は、真珠の品質を左右する養殖環境に徹底的にこだわり、長崎県の九十九島や三重県の伊勢志摩など、最適な場所を選んで養殖場を開設しました。 特に、1970年には世界で初めてマベ貝の人工採苗に成功するという偉業を成し遂げました。 これは、半円真珠として知られるマベ真珠の安定供給を可能にし、田崎真珠の技術力の高さを世界に知らしめる出来事でした。
俊作氏は、真珠の美しさを最大限に引き出すための加工技術にも力を入れました。真珠の選別から研磨、そしてジュエリーとしてのデザインに至るまで、細部にわたるこだわりが、田崎真珠の製品に独特の輝きを与えました。彼の真珠への深い愛情と探求心が、今日のTASAKIブランドの揺るぎない基盤を築き上げたと言えるでしょう。
困難を乗り越え業界を牽引した功績
田崎俊作氏の経営者としての手腕は、真珠業界に新たな風を吹き込みました。1956年には有限会社田崎真珠商会を設立し、1959年には田崎真珠株式会社に改組しました。 彼は真珠の量産化にも成功し、国内最大手の真珠会社へと成長させました。 さらに、真珠だけでなくダイヤモンドにも着目し、1994年には世界最大のダイヤモンド原石供給元であるデ・ビアス社(DTC)から、日本で唯一「サイトホルダー」の資格を獲得しました。
この資格は、デ・ビアス社から直接ダイヤモンド原石を取引できるというもので、田崎真珠がダイヤモンド事業に本格的に参入する大きなきっかけとなりました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。2000年代に入ると、中国産の淡水パールの台頭などにより、真珠の卸売市場は大きな変化を迎え、田崎真珠は赤字経営に陥ります。 その最中には、同業他社からの敵対的買収の危機にも直面しました。 しかし、俊作氏をはじめとする創業家は、買収防衛策を決断し、独立系投資ファンドであるMBKパートナーズからの出資を受け入れることで、この危機を乗り越えました。
この一連の出来事は、田崎真珠が新たな時代へと進むための大きな転換点となったのです。
ブランド「TASAKI」への変革と一族の関わり

田崎真珠は、2000年代の経営危機と敵対的買収の経験を経て、大きな変革期を迎えます。この時期に、創業家は会社の存続と発展のために、外部からの資本と経営の専門知識を受け入れるという重要な決定を下しました。この決断が、伝統ある「田崎真珠」を、現代的でグローバルなラグジュアリーブランド「TASAKI」へと進化させる大きな原動力となったのです。
2008年には、独立系投資ファンドであるMBKパートナーズが筆頭株主となり、経営再建が本格的に始動しました。 この外部資本の導入は、短期的な業績に左右されず、長期的な視点でブランド価値を高めるための投資を可能にしました。また、グッチやクリスチャン・ディオールなどでブランド再構築の経験を持つ田島寿一氏が社長に招聘され、新たな経営体制が確立されました。
このように、創業家は会社の未来を見据え、経営の舵取りをプロフェッショナルに託すという、大きな一歩を踏み出したのです。
経営体制の変化と外部資本の導入
2000年代の田崎真珠は、真珠市場の競争激化や過剰在庫の問題に直面し、厳しい経営状況にありました。 この状況を打開するため、2008年10月にはMBKパートナーズが第三者割当増資を引き受け、田崎真珠の筆頭株主となりました。 この資本提携は、会社の財務基盤を強化し、経営再建を進める上で不可欠なものでした。
創業家は、会社の伝統を守りつつも、時代の変化に対応するための柔軟な姿勢を示したと言えるでしょう。
その後、2017年にはMBKパートナーズ主導によるMBO(マネジメント・バイアウト)が実施され、TASAKIは株式を非公開化しました。 これにより、上場企業としての短期的な業績開示義務から解放され、より自由度の高い経営戦略を実行できるようになりました。この非上場化は、グローバル市場での競争力を高め、長期的なブランド育成に注力するための重要な決定でした。
ブランド名の変更と新たなクリエイティブ戦略
経営体制の刷新と並行して、ブランドイメージの一新も図られました。2009年、会社はブランド名を「田崎真珠」から「TASAKI」へと変更します。 この変更は、真珠だけでなくダイヤモンドを含む総合的なジュエリーブランドとしての地位を確立し、よりモダンで洗練されたイメージを打ち出すための戦略でした。 同年には、ニューヨークで活躍するファッションデザイナー、タクーン・パニクガル氏をクリエイティブディレクターに起用し、革新的なデザインのジュエリーコレクションを発表しました。
特に、真珠を直線上に並べた「バランス(balance)」シリーズは、真珠の既成概念を打ち破る斬新なデザインとして、国内外で高い評価を受け、TASAKIのアイコンコレクションとなりました。 その後も、プラバル・グルン氏など気鋭のデザイナーを迎え、伝統と革新を融合させたジュエリーを生み出し続けています。 これらの取り組みにより、TASAKIはフォーマルな場だけでなく、日常使いできるファッションジュエリーとしても注目を集めるようになりました。
現在のTASAKIにおける創業家の立ち位置
現在のTASAKIは、創業家が直接的に経営の最前線に立つ形ではありませんが、その精神とレガシーはブランドの根幹に深く息づいています。創業者の田崎俊作氏が真珠にかけた情熱、品質への徹底したこだわり、そして常に新しい挑戦を恐れない姿勢は、TASAKIのDNAとして受け継がれています。
現在の経営は、ラグジュアリー業界での豊富な経験を持つプロフェッショナルによって担われています。2026年3月には、シャネル日本法人で長年CEOを務めたリシャール・コラス氏がグローバルCEOに就任し、田島寿一氏は会長に就任しました。 このように、TASAKIは創業家の築き上げた基盤の上に、外部の専門知識とグローバルな視点を取り入れながら、さらなる発展を目指しています。
創業家の物語は、TASAKIというブランドの深みと魅力を語る上で、決して欠かすことのできない重要な要素であり続けています。
TASAKIが誇る真珠とダイヤモンドの品質
TASAKIのジュエリーが世界中で愛される理由は、その比類なき品質にあります。特に、真珠とダイヤモンドにおいては、創業以来培われてきた独自のこだわりと、揺るぎない技術力が光ります。これらの素材に対する徹底した追求こそが、TASAKIのジュエリーを特別な存在にしているのです。
TASAKIは、真珠の養殖から加工、そして販売までを一貫して自社で行う「ファーム・トゥ・フォーク」ならぬ「ファーム・トゥ・ジュエリー」の体制を確立しています。 この独自のビジネスモデルにより、真珠の品質を徹底的に管理し、最高級の真珠だけを厳選して使用することが可能となっています。また、ダイヤモンドにおいても、日本で唯一の「サイトホルダー」という特別な資格を持つことで、高品質な原石を直接調達し、自社で研磨する体制を整えています。
自社養殖が生み出す最高品質の真珠
TASAKIの真珠は、その美しさと品質において世界的に高い評価を得ています。この高品質を支えているのが、長年にわたる自社養殖への取り組みです。TASAKIは、長崎県の九十九島や三重県の伊勢志摩など、真珠養殖に最適な環境を持つ場所で、自社の養殖場を運営しています。 経験豊富な専門家たちが、真珠貝の育成から真珠の採取まで、細心の注意を払って管理しています。
特に、TASAKIは真珠の「巻き」(真珠層の厚さ)を非常に重視しており、厳しい基準をクリアした真珠だけが製品として世に出されます。 また、1970年には世界で初めてマベ貝の人工採苗に成功するなど、常に真珠養殖の技術革新にも挑戦してきました。 このような徹底した品質管理と技術へのこだわりが、TASAKIの真珠が放つ、柔らかく上品な輝きを生み出しているのです。
日本唯一の「サイトホルダー」が証明するダイヤモンドの輝き
TASAKIは、真珠だけでなくダイヤモンドにおいても、その品質の高さで知られています。その大きな理由の一つが、日本で唯一、世界最大のダイヤモンド原石供給元であるデ・ビアス社(DTC)から「サイトホルダー」の資格を認められていることです。 この資格を持つことで、TASAKIは世界中から集まる最高品質のダイヤモンド原石を直接買い付けることができ、独自の厳しい基準で選定することが可能です。
さらに、TASAKIは自社でダイヤモンドの研磨工場を所有し、熟練の職人たちが原石の潜在的な輝きを最大限に引き出す研磨を行っています。 この一貫した体制により、TASAKIのダイヤモンドは、GIA(米国宝石学会)の評価基準においても最高ランクの「3EX(トリプル・エクセレント)」を獲得するなど、世界トップクラスの品質を誇ります。
真珠とダイヤモンド、それぞれの素材に対する深い知識と技術が、TASAKIのジュエリーに唯一無二の価値を与えているのです。
競合他社との比較から見えてくるTASAKIの独自性

日本のジュエリー市場には、数多くのブランドが存在しますが、TASAKIは真珠とダイヤモンドの両方において、独自の地位を確立しています。特に、同じく日本の真珠ブランドとして名高いミキモトと比較されることが多く、それぞれのブランドが持つ哲学や強みを知ることで、TASAKIの独自性がより鮮明に見えてきます。
TASAKIは、創業以来の真珠養殖から加工、販売までの一貫体制に加え、ダイヤモンドのサイトホルダーとしての地位、そして革新的なデザインへの挑戦によって、他社との差別化を図ってきました。これらの要素が複合的に作用し、TASAKIを単なる老舗ブランドではなく、常に進化し続けるモダンなラグジュアリージュエラーへと押し上げているのです。
ミキモトとの違いとそれぞれのブランド哲学
日本の二大パールブランドとして知られるTASAKIとミキモトは、それぞれ異なるブランド哲学を持っています。ミキモトが「真珠の養殖に成功した世界初のブランド」として、真珠の伝統的な美しさと格式を重んじる一方、TASAKIは「真珠の新しい価値を創造する」という革新的なアプローチを特徴としています。
TASAKIは、真珠の自社養殖とダイヤモンドのサイトホルダーという両方の強みを活かし、真珠とダイヤモンドを組み合わせたモダンなデザインを数多く生み出してきました。特に「バランス」シリーズに代表される、真珠を日常のファッションに取り入れる提案は、従来の真珠のイメージを大きく変えるものでした。 一方、ミキモトは、アコヤ真珠を中心としたクラシックでエレガントなデザインに定評があり、冠婚葬祭などのフォーマルな場面で選ばれることが多い傾向にあります。
両ブランドは、それぞれ異なる魅力とターゲット層を持ちながら、日本の真珠文化を世界に発信し続けているのです。
世界のハイジュエリーブランドにおけるTASAKIの存在感
TASAKIは、ミキモトといった国内ブランドだけでなく、ティファニー、ハリー・ウィンストン、カルティエなどの世界のハイジュエリーブランドと比較しても、その存在感を高めています。 特に、真珠とダイヤモンドの両方において、養殖から販売までを一貫して手掛ける体制と、デ・ビアス社のサイトホルダーという稀有な強みは、世界のジュエラーの中でもTASAKIを際立たせる要因です。
また、タクーン・パニクガル氏やプラバル・グルン氏といった国際的なクリエイティブディレクターを起用し、伝統的な素材に現代的な感性を吹き込むことで、TASAKIはグローバルなデザイントレンドを牽引するブランドへと成長しました。 SAKURAGOLD™のような独自の素材開発 や、異業種とのコラボレーション など、常に新しい挑戦を続ける姿勢は、世界のラグジュアリー市場においてTASAKIの独自性と革新性を際立たせています。
これにより、TASAKIは日本発のブランドとして、世界中のセレブリティやファッション感度の高い人々から注目を集める存在となっているのです。
よくある質問
田崎真珠の創業者は誰ですか?
田崎真珠の創業者は、田崎俊作氏です。彼は1954年に神戸市で養殖真珠加工販売業を開始し、現在のTASAKIの礎を築きました。
田崎真珠は現在も一族経営ですか?
現在のTASAKIは、創業家が直接的に経営の最前線に立つ形ではありません。2008年のMBKパートナーズによる出資や2017年のMBO(株式非公開化)を経て、プロフェッショナルな経営陣によって運営されています。 創業家の精神とレガシーは受け継がれていますが、経営体制は変化しています。
田崎真珠とミキモトの違いは何ですか?
田崎真珠(TASAKI)とミキモトは、日本の二大パールブランドとして知られています。ミキモトが真珠の伝統的な美しさと格式を重んじる一方、TASAKIは真珠の養殖から加工、販売までの一貫体制に加え、ダイヤモンドのサイトホルダーとしての強み、そして「バランス」シリーズに代表されるような革新的なデザインで、真珠の新しい価値を提案している点が主な違いです。
TASAKIはなぜ上場廃止になったのですか?
TASAKIは、2017年にMBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、東京証券取引所第一部から上場廃止となりました。 これは、短期的な業績に左右されずに経営の自由度を高め、グローバル市場での競争力強化や長期的なブランド育成に注力するためでした。
田崎真珠の真珠はなぜ高品質なのですか?
田崎真珠(TASAKI)の真珠が高品質である理由は、真珠の養殖から加工、販売までを一貫して自社で行う体制にあります。 長崎県の九十九島や三重県の伊勢志摩に自社養殖場を持ち、真珠の「巻き」を重視した厳しい品質基準を設けています。 また、世界で初めてマベ貝の人工採苗に成功するなど、常に技術革新にも取り組んでいます。
まとめ
- 田崎真珠は1954年に田崎俊作氏によって創業されました。
- 創業者の田崎俊作氏は真珠養殖に深い情熱を注ぎました。
- 1970年には世界初のマベ貝人工採苗に成功しました。
- 1994年には日本で唯一のデ・ビアス社サイトホルダーとなりました。
- 2000年代には経営危機と敵対的買収に直面しました。
- 2008年にMBKパートナーズが筆頭株主となり経営再建を支援しました。
- 2009年にブランド名を「田崎真珠」から「TASAKI」に変更しました。
- タクーン・パニクガル氏をクリエイティブディレクターに起用し、デザインを一新しました。
- 「バランス」シリーズはTASAKIのアイコンコレクションとなりました。
- 2017年にMBOにより株式を非公開化し、上場廃止となりました。
- TASAKIは真珠の養殖から販売までを一貫して行っています。
- ダイヤモンドも自社で原石調達から研磨まで手掛けています。
- SAKURAGOLD™など独自の素材開発にも力を入れています。
- 現在の経営はプロフェッショナルな経営陣によって行われています。
- 創業家の情熱と革新の精神はTASAKIに受け継がれています。
