電子工作やマイコンプログラミングをしていると、当たり前のように登場する「ボーレート9600」。Arduinoのサンプルコードでも、多くの解説サイトでも、なぜかこの数値が使われています。「もっと速い方が良いのでは?」「なぜ9600なの?」と疑問に思ったことはありませんか?本記事では、ボーレート9600が定番となった歴史的な理由から、そのメリット・デメリット、そして適切なボーレートの選び方まで、あなたの疑問をスッキリ解決します。
【結論】ボーレート9600が今でも使われる3つの理由

なぜ多くのシリアル通信で「9600」というボーレートが使われるのでしょうか。その理由は一つだけではありません。歴史的な背景、技術的な安定性、そして幅広い互換性という3つの要素が複雑に絡み合っています。まずは、その核心となる理由から見ていきましょう。
- 理由1:昔の通信機器の「名残」という歴史的な背景
- 理由2:エラーが起きにくい「安定性」と「信頼性」
- 理由3:多くの機器で使える「互換性」の高さ
理由1:昔の通信機器の「名残」という歴史的な背景
ボーレート9600が広く使われるようになった背景には、インターネットが普及する前の時代の通信技術が大きく関係しています。かつて、コンピュータ通信はアナログ電話回線を通じて行われていました。この電話回線を使ってデータを送受信する装置が「モデム」です。
当時の技術では、アナログ電話回線で安定して通信できる速度の上限が、実質的に9600bps(ビット・パー・セカンド)だったのです。 この「9600」という速度は、当時の通信における一つの基準となり、多くの通信機器やソフトウェアがこの速度を標準として開発されました。時代は移り、通信技術は飛躍的に進化しましたが、この「9600」という数値はデファクトスタンダード(事実上の標準)として、今なお多くの場面で引き継がれているのです。
理由2:エラーが起きにくい「安定性」と「信頼性」
ボーレート9600が選ばれる二つ目の理由は、その技術的な「安定性」と「信頼性」にあります。シリアル通信において、通信速度(ボーレート)は速ければ速いほど良いというわけではありません。速度を上げると、信号がノイズの影響を受けやすくなったり、長いケーブルでの通信で信号が減衰してしまったりと、データが正しく伝わらない「通信エラー」のリスクが高まります。
その点、9600bpsという速度は比較的低速です。この「遅さ」こそが、安定性を生み出す鍵なのです。低速であるため、信号の変化が緩やかで、ノイズに対する耐性が高くなります。また、多少品質の低いケーブルや、ノイズの多い環境、あるいは長い距離での通信でも、データが化けることなく、確実に相手に届く可能性が高まります。 この信頼性の高さが、特に確実な動作が求められる産業機器や組み込みシステムで、今でも9600が好んで使われる大きな理由です。
理由3:多くの機器で使える「互換性」の高さ
最後の理由は、圧倒的な「互換性」の高さです。理由1で述べたように、9600は歴史的に長く使われてきた経緯から、非常に多くのデバイスでサポートされています。 最新のマイコンボードから、何十年も前に作られた古い測定器まで、シリアル通信機能を備えた機器であれば、ほぼ間違いなく9600というボーレートに対応しています。
例えば、ArduinoやRaspberry Piといった人気のマイコンボードを初めて使うとき、多くのサンプルコードやチュートリアルでデフォルトのボーレートとして9600が設定されています。 これは、「とりあえず9600に設定しておけば、大抵の機器と問題なく通信できるだろう」という安心感があるからです。新しいデバイスと通信を試みる際に、まず最初に試す「共通言語」のような役割を、ボーレート9600が担っているのです。
そもそも「ボーレート」って何?初心者にも分かりやすく解説

「9600が使われる理由は分かったけど、そもそもボーレートって何?」という方もいらっしゃるでしょう。ここでは、シリアル通信の基本であるボーレートの概念について、初心者の方にも分かりやすく解説します。この基本を理解することで、なぜボーកレートの設定が重要なのかがより深く分かります。
- ボーレートは「1秒間に信号を送る回数」のこと
- 「bps」との違いは?基本は同じと考えてOK
- ボーレートが高いと速い?メリットとデメリット
ボーレートは「1秒間に信号を送る回数」のこと
ボーレート(Baud Rate)とは、簡単に言うと「1秒間に何回、信号を変化させられるか」を示す単位です。 シリアル通信では、電圧の高低(High/Low)を切り替えることで、デジタルデータの「0」と「1」を表現し、これを連続して送ることで情報を伝えています。
例えば、「ボーレート9600」というのは、1秒間に9600回、この信号を切り替えることができる、という意味になります。この回数が多ければ多いほど、短時間でたくさんの情報を送れる、つまり通信速度が速くなる、というわけです。
「bps」との違いは?基本は同じと考えてOK
ボーレートと非常によく似た言葉に「bps(bits per second)」があります。bpsは「1秒間に何ビットのデータを送れるか」を示す単位です。
「信号を変化させる回数(ボー)」と「送れるデータ量(ビット)」、この二つは何が違うのでしょうか?
実は、Arduinoなどで使われる基本的なシリアル通信(UART通信)では、1回の信号変化で1ビットのデータを送ります。そのため、「ボーレート」と「bps」は実質的に同じ意味で使われることがほとんどです。 したがって、「ボーレート9600」は「9600bps」と読み替えても、差し支えありません。
ただし、高度な通信技術では、1回の信号変化で複数ビットの情報を表現することもあります。その場合は「ボーレート」と「bps」の値が異なるため、厳密には違う単位である、と頭の片隅に置いておくと良いでしょう。
ボーレートが高いと速い?メリットとデメリット
では、ボーレートは高ければ高いほど良いのでしょうか?答えは「必ずしもそうではない」です。ボーレートにはそれぞれメリットとデメリットがあります。
高いボーレート(例:115200bps)
- メリット:通信速度が速い。大量のデータを短時間で送ることができる。
- デメリット:ノイズの影響を受けやすく、通信エラーが起きやすい。長いケーブルでの通信には不向き。消費電力が大きくなる傾向がある。
低いボーレート(例:9600bps)
- メリット:ノイズに強く、通信が安定している。長いケーブルでも通信しやすい。消費電力が少ない。
- デメリット:通信速度が遅い。大量のデータを送るのには時間がかかる。
このように、ボーレートは速度と安定性のトレードオフの関係にあります。どちらが良い・悪いということではなく、用途に応じて最適な速度を選ぶことが重要なのです。
ボーレート9600のメリット・デメリットを再確認

ここまでで、ボーレート9600が使われる理由や、ボーレートの基本的な概念について解説してきました。ここでは改めて、ボーレート9600を選ぶことのメリットとデメリットを整理してみましょう。これを理解することで、あなたがボーレートを選ぶ際の判断基準がより明確になります。
- メリット:安定・安心の通信を実現
- デメリット:高速なデータ転送には不向き
メリット:安定・安心の通信を実現
ボーレート9600の最大のメリットは、やはりその「安定性」と「信頼性」です。前述の通り、通信速度が比較的低速であるため、信号が外部のノイズ(電気的な雑音)の影響を受けにくく、データが化けてしまうリスクを低減できます。
特に、以下のような状況では9600の安定性が大きな強みとなります。
- 長いケーブルを引き回す場合:ケーブルが長くなるほど信号は減衰し、ノイズを拾いやすくなります。低速な9600なら、信号が劣化しにくく、遠くまで確実にデータを届けられます。
- ノイズの多い環境:モーターや電源など、ノイズ源が近くにある環境でも、エラーの少ない安定した通信が期待できます。
- 機器の互換性を重視する場合:接続相手の機器が古い場合や、仕様がよく分からない場合でも、9600に設定しておけば通信できる可能性が非常に高いです。
この「何があっても、とりあえず繋がる」という安心感が、ボーレート9600が選ばれ続ける理由の一つです。
デメリット:高速なデータ転送には不向き
一方で、ボーレート9600の明確なデメリットは「通信速度の遅さ」です。9600bpsは、1秒間に9600ビットのデータを送れる速度です。これは、1バイト(8ビット)の文字に換算すると、スタートビットやストップビットを含めても1秒間に約960文字程度しか送れない計算になります。
簡単なコマンドの送受信や、数秒に一度のセンサー値の読み取り程度であれば全く問題ありません。しかし、以下のような用途には不向きと言えるでしょう。
- 大量のログデータをPCに送る:デバッグのために詳細な動作ログをリアルタイムで確認したい場合、9600ではデータ転送が追いつかず、処理が滞ってしまう可能性があります。
- 画像や音声データの転送:データ量が大きい画像や音声データをシリアル通信で送る場合、9600では転送に非常に長い時間がかかってしまいます。
- 高頻度なデータ更新が必要な制御:1秒間に何百回もデータのやり取りが必要な高速なモーター制御などには、速度が全く足りません。
このように、送りたいデータの量や頻度によっては、9600では力不足になる場面があることを理解しておく必要があります。
どんな時に9600を使う?シーン別ボーレートの選び方

理論は分かったけれど、「じゃあ、実際に自分のプロジェクトではどのボーレートを選べばいいの?」と迷う方も多いでしょう。ここでは、具体的な利用シーンを挙げながら、最適なボーレートの選び方を解説します。これで、あなたも自信を持ってボーレートを設定できるようになります。
- ボーレート9600が適しているケース
- 高速なボーレート(115200など)が必要なケース
- ボーレートを選ぶ際の3つのチェックポイント
ボーレート9600が適しているケース
まず、ボーレート9600が「ちょうど良い」または「十分である」ケースを見ていきましょう。基本的には、送受信するデータ量が少なく、リアルタイム性もそれほど求められない場面で活躍します。
- 簡単なコマンド制御:LEDのON/OFFや、簡単な設定値の送信など、数バイトの短い命令を送る場合。
- 低頻度のセンサーデータ取得:温度センサーや湿度センサーなど、数秒に1回程度の頻度でデータを読み取る場合。
- GPSモジュールからのデータ受信:GPSデータの更新頻度は通常1秒間に1回程度なので、4800bpsや9600bpsで十分対応可能です。
- 初期の動作確認やデバッグ:とりあえずマイコンが正常に動いているか、簡単なメッセージを出力して確認するような初期段階。
- 接続相手の機器が古い、または仕様が不明な場合:互換性を最優先し、まずは9600で通信を試みるのが定石です。
これらのケースでは、無理に高速なボーレートを選ぶ必要はなく、むしろ安定性の高い9600を選ぶ方が賢明と言えます。
高速なボーレート(115200など)が必要なケース
次に、9600では速度が足りず、115200bpsなどのより高速なボーレートが必要になるケースです。大量のデータを扱う場合や、高速な応答性が求められる場面がこれに該当します。
- 詳細なデバッグ情報の出力:プログラムの動作を詳細に追跡するため、大量のログデータをPCのシリアルモニタにリアルタイムで表示したい場合。
- 高頻度のセンサーデータ収集:加速度センサーやジャイロセンサーなど、1秒間に何百回もデータを取得して処理する場合。
- ファームウェアのアップデート:マイコンのプログラムをシリアル経由で書き換える場合、高速なボーレートを使わないとアップデートに非常に時間がかかります。
- PCとの大量データ連携:PC側で処理した大量の計算結果をマイコンに送ったり、その逆を行ったりする場合。
これらの用途では、通信速度がシステム全体のパフォーマンスに直結するため、ハードウェアが対応する範囲でできるだけ高速なボーレートを選ぶことが推奨されます。
ボーレートを選ぶ際の3つのチェックポイント
最終的にボーレートを決定する際には、以下の3つのポイントを確認しましょう。
- 通信相手の仕様:最も重要なのは、通信する相手の機器がどのボーレートに対応しているかです。必ずデータシートなどで確認し、両者で同じ設定にしてください。
- データ量と頻度:1秒間にどれくらいの量のデータを、どのくらいの頻度で送受信する必要がありますか?必要な通信速度を見積もりましょう。
- 通信環境(ケーブル長・ノイズ):通信距離は長いですか?周りにモーターなどのノイズ源はありますか?不安定な環境では、速度を落として安定性を確保することも大切です。
迷ったときは、「まずは9600で試してみて、速度に不満があれば上げていく」というアプローチが安全でおすすめです。
【実践】Arduinoでボーレート9600を設定してみよう

理論を学んだところで、実際にArduinoを使ってボーレートを設定する方法を見ていきましょう。設定は非常に簡単ですが、プログラム側とPC側の両方で設定を合わせるという、一つだけ重要な注意点があります。これを押さえれば、もうシリアル通信で悩むことはありません。
- スケッチ(プログラム)での設定方法
- シリアルモニタの設定も忘れずに!
スケッチ(プログラム)での設定方法
Arduinoのプログラム(スケッチ)でシリアル通信を開始し、ボーレートを設定するのは非常に簡単です。`setup()`関数の中に、たった1行コードを追加するだけです。
そのコードが`Serial.begin()`です。この関数のカッコの中に、設定したいボーレートの数値を指定します。ボーレート9600に設定する場合は、以下のように記述します。
void setup() {
// シリアル通信を9600bpsで開始する
Serial.begin(9600);
}
void loop() {
// ここにメインの処理を記述
}
もし、ボーレートを115200に変更したい場合は、`Serial.begin(115200);`と書き換えるだけです。 これだけで、Arduinoは指定された速度で通信を行うようになります。
シリアルモニタの設定も忘れずに!
ここで非常に重要なのが、Arduino側の設定と、データを受け取るPC側の設定を一致させることです。Arduino IDEに搭載されている「シリアルモニタ」を使って通信内容を確認する場合、シリアルモニタのボーレートも9600に合わせる必要があります。
手順は以下の通りです。
- Arduino IDEの右上にある虫眼鏡のアイコンをクリックして、「シリアルモニタ」を開きます。
- シリアルモニタのウィンドウ右下(または下部)に、ボーレートを選択するドロップダウンメニューがあります。
- ここをクリックし、スケッチで`Serial.begin()`に指定した値と同じ「9600 baud」を選択します。
もし、この設定がArduino側と異なっていると、データが正しく解釈されず、意味不明な文字が羅列される「文字化け」が発生してしまいます。 「通信がうまくいかないな」と思ったら、まずこの設定が合っているかを確認するのが、トラブルシューティングの第一歩です。
ボーレート9600に関するよくある質問

ボーレートの設定を間違えるとどうなりますか?
送信側と受信側でボーレートの設定が異なると、1ビットあたりの時間を正しく認識できなくなります。その結果、受信したデータが元のデータとは全く異なるビット列として解釈されてしまい、一般的に「文字化け」と呼ばれる現象が発生します。 例えば、「Hello」と送ったつもりが「$dJ*#」のような意味不明な文字列として表示されます。通信がうまくいかない場合は、まず双方のボーレート設定が一致しているかを確認してください。
ボーレートの最大値はいくつですか?
ボーレートの最大値は、使用するマイコンやUSBシリアル変換ICなどのハードウェアの性能に依存します。一般的なArduino Unoなどでは115200bpsが安定して通信できる上限の一つとされていますが、より高性能なマイコンでは1Mbps(1,000,000bps)やそれ以上の高速通信が可能なものもあります。 ただし、ボーレートを高くするほどノイズに弱くなるため、使用するケーブルの品質や長さ、周囲の環境にも注意が必要です。
ボーレートとマイコンのクロック周波数は関係ありますか?
はい、密接に関係しています。シリアル通信のボーレートは、マイコンのシステムクロック周波数を分周(整数で割ること)して生成されます。 そのため、使用するクロック周波数によっては、目標とするボーレートを誤差なく正確に生成できない場合があります。特に、誤差が大きいと通信エラーの原因となります。9600bpsのような比較的低いボーレートは、多くの標準的なクロック周波数から誤差少なく生成しやすいため、安定性の観点からも選ばれやすいという側面があります。
RS-232Cで9600がよく使われるのはなぜですか?
RS-232Cは、パソコンや産業機器で古くから使われているシリアル通信規格です。 9600bpsがよく使われる理由は、これまで述べてきた「歴史的経緯」「安定性」「互換性」とほぼ同じです。特にRS-232C規格が策定された当時は、9600bpsでも比較的高速な部類であり、多くの機器で標準的な通信速度として採用されました。 その名残と、長距離伝送(規格上は約15m)での安定性を確保するために、現在でも広く利用されています。
まとめ

- ボーレート9600は歴史的な経緯で標準となった。
- 昔のモデム通信の上限速度が9600bpsだった名残。
- 低速なためノイズに強く、通信が非常に安定している。
- 長いケーブルやノイズの多い環境でもエラーが起きにくい。
- 多くの古い機器から最新機器までサポートし互換性が高い。
- ボーレートは1秒間に信号を送る回数を示す単位。
- ArduinoのUART通信ではbpsとほぼ同義で使われる。
- ボーレートが高いと速いが不安定、低いと遅いが安定する。
- 9600は簡単なコマンドや低頻度のセンサー通信に適している。
- 大量のデータ転送や高速な制御には不向き。
- デバッグや高頻度データ収集には115200などが使われる。
- ボーレート選びは「相手の仕様」「データ量」「環境」で決める。
- Arduinoでの設定は`Serial.begin(9600);`で行う。
- PCのシリアルモニタも同じボーレートに設定する必要がある。
- 設定が違うと文字化けの原因になるので注意が必要。