夜中にふと目が覚めた時、あるいは朝起きてから、自分の意思とは関係なく便が漏れてしまっていたら、どれほどショックで、恥ずかしい気持ちになるでしょうか。誰にも相談できず、一人で深く悩みを抱え込んでいる方も少なくないかもしれません。しかし、この「寝てる間にうんち大人」という症状は、決してあなただけが経験している特別なことではありません。
医学的には「便失禁」と呼ばれ、多くの大人が抱えるデリケートな問題なのです。
本記事では、大人が寝ている間に便を漏らしてしまう原因から、ご自宅でできる対策、そして専門の医療機関での治療法まで、幅広く解説します。この情報が、あなたの不安を少しでも和らげ、前向きな解決への一歩となることを心から願っています。
寝てる間にうんちが漏れてしまう「夜間便失禁」とは?

「夜間便失禁」とは、睡眠中に自分の意思とは無関係に便が肛門から漏れてしまう状態を指します。日中の活動中に便意を感じてトイレに間に合わない場合も便失禁に含まれますが、特に寝ている間に意識がない状態で便が漏れることは、精神的な負担が非常に大きいものです。日本では約500万人もの人が便失禁を経験していると言われており、特に65歳以上では男性で8.7%、女性で6.6%の有症率が報告されています。
この数字からもわかるように、決して珍しい症状ではありません。
便失禁は、その症状の現れ方によっていくつかの種類に分けられます。主なものとしては、強い便意を感じるもののトイレまで我慢できない「切迫性便失禁」、便意をほとんど感じずに便が漏れてしまう「漏出性便失禁(溢流性便失禁)」、そしてこれらが混在する「混合性便失禁」などがあります。 また、咳やくしゃみ、重い物を持つなどの腹圧がかかった時に便が漏れる「腹圧性便失禁」もありますが、夜間の場合は主に切迫性や漏出性の要素が関わることが多いでしょう。
便の硬さや量も人によって異なり、少量の汚れから多量の便漏れまで様々です。この症状は、日常生活の質を大きく低下させ、外出をためらったり、人との交流を避けるようになったりするなど、心身に大きな影響を及ぼす可能性があります。
大人が寝てる間にうんちを漏らす主な原因

大人が寝ている間に便を漏らしてしまう原因は一つではなく、様々な要因が複雑に絡み合って発生することがほとんどです。主な原因を理解することで、適切な対策や治療へとつながる第一歩となります。
肛門括約筋の機能低下
便を我慢するために重要な役割を果たすのが肛門括約筋です。この筋肉の機能が低下すると、便をしっかりと保持する力が弱まり、便失禁のリスクが高まります。特に、加齢は肛門括約筋の筋力低下の大きな要因の一つです。長年にわたる排便の繰り返しや、出産時のダメージ、痔の手術の後遺症、あるいは排便時に過度な力みを繰り返すことなども、括約筋の衰えや損傷につながることがあります。
括約筋の機能が低下していると、特に柔らかい便や水様便、ガスが漏れやすくなる傾向があります。
神経系の障害
肛門括約筋の動きは、脳や脊髄、末梢神経によってコントロールされています。これらの神経系に障害が生じると、便意を感じにくくなったり、便を我慢する指令がうまく伝わらなくなったりして、便失禁を引き起こすことがあります。例えば、脳卒中や脊髄損傷、糖尿病による神経障害、認知症、パーキンソン病などの神経疾患が原因となる場合があります。
また、直腸がんや子宮がんなどの骨盤内の手術によって、排便に関わる末梢神経が損傷することもあります。 これらの神経障害は、便意の喪失や、便を排出するタイミングのコントロールが難しくなることにつながります。
便の状態異常(便秘や下痢)
便失禁は、肛門括約筋や神経の機能だけでなく、排出される便の状態にも大きく影響されます。特に、慢性的な便秘や下痢は、便失禁の直接的または間接的な原因となることがあります。
- 便秘が原因の場合:重度の便秘によって直腸に硬い便が大量に溜まると、その周りを水っぽい便が通り抜けて漏れ出てしまう「溢流性便失禁」が起こりやすくなります。 直腸が常に便で満たされている状態が続くと、直腸の壁が伸びきってしまい、便が溜まっているという感覚が鈍くなるため、便意を感じにくくなることもあります。
- 下痢が原因の場合:便が柔らかすぎると、肛門括約筋でせき止めるのが難しくなり、便が漏れやすくなります。 食中毒などでひどい下痢状態にあるときは、誰でもトイレまで間に合わず下着を汚してしまう心配があるでしょう。
直腸の機能低下
直腸には便を一時的にためておく機能があります。この貯留機能が低下すると、少量の便でも便意を強く感じたり、便をためておくことができなくなったりして、便失禁につながることがあります。加齢に伴い骨盤底筋群が衰え、骨盤内の臓器(膀胱や直腸など)を支えられなくなることで、直腸に便を溜めておく貯留能が低下することもあります。
生活習慣の乱れと心理的ストレス
日々の生活習慣や精神状態も、便失禁に影響を与えることがあります。睡眠の質が低下すると、体の機能調整がうまくいかなくなることがあります。 また、アルコールには利尿作用があり、多量の飲酒は便を緩くする原因にもなりえます。 カフェインも腸の蠕動運動を刺激するため、過剰な摂取は切迫性便失禁の原因となる場合があります。
さらに、日常生活における強いストレスや不安、精神的な緊張が、便意を催す原因となったり、排便コントロールに悪影響を及ぼしたりすることも指摘されています。 抑うつ状態や不安障害が、排泄のコントロールに影響を与える可能性も考えられます。
寝てる間のうんち漏れを改善するための対策【今日からできること】

寝ている間の便漏れは、日常生活に大きな影響を及ぼし、精神的な負担も大きいものです。しかし、諦める必要はありません。今日からできる対策を実践することで、症状の改善が期待できます。
食生活の見直し
便の性状は、便失禁に大きく関わります。便の固さを「ちょうどよく」コントロールすることが大切です。
- 食物繊維と水分摂取:便が緩い場合は、食物繊維を多く含む食品(野菜、海藻、きのこなど)や食物繊維加工食品を摂取し、便を固形化するよう心がけましょう。 十分な水分補給も重要です。
- 避けるべき食品:多量のアルコールや腸の蠕動運動を早めるカフェイン(コーヒー、緑茶、紅茶)、柑橘類、香辛料(キムチ、唐辛子、コショウ)、動物性脂肪(脂身の多い肉など)は、便を緩くしたり、腸を刺激したりする可能性があるため、摂取を控えめにすることがおすすめです。 また、小腸で消化吸収されにくいFODMAPと呼ばれる物質をあまり含まない低FODMAP食も有効な場合があります。
- 和食中心の食生活:便が柔らかすぎて便失禁を起こしている方には、白米や豆腐、大豆などを含む和食中心の食生活が勧められます。
正しい排便習慣を身につける
規則正しい排便習慣は、便失禁の予防や改善にとても大切です。
- 決まった時間にトイレに行くコツ:毎朝食後にトイレに行くなど、決まった時間に排便する習慣をつけることをおすすめします。 直腸に便が溜まっていなければ、便漏れは起こりにくくなります。
- 寝る前の排便習慣:夜中に便が漏れやすいと感じる方は、寝る前にトイレで排便を済ませておく習慣をつけることも有効です。
- 便意を我慢しない:便意を感じたら我慢せずに、すみやかにトイレに行って排便する習慣をつけましょう。便意を感じているのに排便を我慢し続けていると、次第に便意を感じづらくなってしまうことがあります。
骨盤底筋トレーニングのやり方
肛門括約筋を含む骨盤底筋群を鍛えることは、便失禁の改善に効果が期待できます。 お金もかからず、いつでもどこでもできるため、ぜひ継続して行ってみてください。
- 尿道・肛門・腟(女性の場合)をきゅっと締め、次にゆっくりと緩めます。これを2~3回繰り返しましょう。
- 次に、ゆっくりとぎゅっと締め、3秒間ほど静止します。その後にゆっくり緩めます。これを2~3回繰り返してください。
- 引き締める回数と時間を少しずつ延ばしていきます。1回5分程度から始め、10~20分まで、徐々に長くしていくのが良いでしょう。
- 慣れてきたら、通勤途中や入浴中、家事などをしながら、様々な姿勢で行うと効果的です。
トレーニングを行う際は、お尻の筋肉に力を入れすぎず、肛門や膣を締めることを意識するのがコツです。 正しいトレーニングを続けることで、2~3週間で効果が期待できる場合もあります。
介護用品の活用で不安を軽減
便漏れの不安から外出をためらったり、生活の質が低下したりすることがあります。そのような時は、大人用紙おむつや失禁パッドなどの介護用品を上手に活用することで、日常生活の不安やストレスを軽減できます。
- 大人用紙おむつやパッド:便漏れの量や状態に応じた様々なタイプがあります。介助があれば座れる方や寝て過ごす時間が長い方向けのテープタイプ、一人で歩ける方向けのパンツタイプなど、ご自身の状況に合わせて選びましょう。 消臭機能付きの製品も多く、臭いの心配を減らすことができます。
- 防水シート:就寝時に防水シートを敷くことで、万が一漏れてもシーツや布団を汚す心配が少なくなります。
- 皮膚の保護:便が漏れることで肛門周辺の皮膚がただれたり、かぶれたりすることがあります。 適切なスキンケア用品を使用し、清潔に保つことが大切です。
専門医に相談するタイミングと受診すべき科

便失禁はデリケートな問題であり、一人で抱え込みがちですが、適切な医療を受けることで症状の改善が期待できます。 恥ずかしがらずに専門医に相談することが、解決への大切な一歩です。
どんな症状があれば受診すべきか
以下のような症状がある場合は、医療機関を受診することを強くおすすめします。
- 便が多く漏れてしまい、臭いが気になる場合。
- 洋服が汚れるため、着替えを持参しないと外出できない場合。
- 肛門の周りの皮膚がただれて痛い場合。
- 膀胱炎を繰り返す場合。
- 外出するのが怖くなり、引きこもりがちになっている場合。
- 症状が続く、あるいは悪化していると感じる場合。
「たったこれくらい」と思わず、繰り返される便漏れは体のサインとして捉え、原因を把握し適切な対策を講じることが重要です。 早期発見と適切なケアが、症状の改善と生活の質の維持につながります。
何科を受診すれば良いのか(肛門科、消化器外科、消化器内科など)
便失禁の症状がある場合、まずは肛門病の専門医を受診することが望ましいとされています。 近所に肛門病の専門医がいない場合は、消化器内科や消化器外科を受診しましょう。 これらの科では、便失禁の原因となる様々な病気の診断と治療が可能です。 また、神経系の問題が疑われる場合は脳神経内科、女性の場合は婦人科、排尿の問題も併発している場合は泌尿器科が関連することもあります。
かかりつけ医に相談し、適切な専門医を紹介してもらうのも良い方法です。
病院で行われる検査の進め方
病院では、まず患者さんの詳しい話を聞く問診が行われます。 便が漏れる状況(寝ている間、知らない間、便意を感じて間に合わなかったなど)、気になるタイミング、排便の回数、便の形や硬さなどが尋ねられます。 その後、肛門の診察が行われ、必要に応じて便失禁の原因を特定するための専門的な検査が行われます。
- 肛門エコー:肛門括約筋の損傷の有無や程度を確認します。
- 肛門内圧検査:肛門括約筋の安静時圧や、排便を我慢する際の随意的な収縮圧を測定し、括約筋の機能低下の程度を評価します。
- 直腸感覚検査:直腸の便を感知する能力を調べます。
- 排便造影(デフェコグラフィー):排便のメカニズムを詳細に観察する検査です。
- 大腸内視鏡検査:便秘や便失禁を引き起こす大腸がんや炎症性腸疾患などの病気を除外するために行われることがあります。
これらの検査を通じて、便失禁の正確な原因を特定し、一人ひとりに合った治療計画が立てられます。
病院での専門的な治療法

便失禁の治療は、原因や症状の重さに応じて様々な方法があります。体に負担の少ない治療から始め、必要に応じて専門的な治療へと進めていくのが一般的です。
薬物療法
便の性状をコントロールするために、薬が処方されることがあります。
- 止痢剤:下痢が原因で便失禁が起こっている場合に、便の水分量を調整し、便を固めるために使用されます。
- 整腸剤:腸内環境を整え、便の性状を改善する目的で用いられます。
- ポリカルボフィルカルシウム:腸管内の水分を吸収して便を固形化する作用があり、便失禁の改善に役立つことがあります。
薬の服用は自己判断せず、必ず医師の指示に従うことが大切です。
バイオフィードバック療法
骨盤底筋体操をより効果的に行うための方法として、バイオフィードバック療法があります。 肛門にセンサーを挿入し、自分の肛門括約筋の動きをモニターで確認しながら、正しい方法で筋肉を収縮させる訓練を行います。 これにより、自分では意識しにくい肛門括約筋の動きを正確に把握し、効果的に鍛えることができるようになります。
主に専門の病院で行われる治療法です。
電気刺激療法(脛骨神経刺激療法、仙骨神経刺激療法など)
神経系の問題が便失禁の原因となっている場合や、保存的治療で効果が見られない場合に検討される治療法です。
- 脛骨神経刺激療法:両下肢のくるぶし周囲にパッドや電極をつけ、低周波の弱い電流を流すことで、排便に関わる神経を刺激します。
- 経肛門刺激療法:肛門に刺激電極を挿入し、低周波電流を流して肛門括約筋を刺激します。
- 仙骨神経刺激療法(SNM):腰のあたりに電極と刺激装置を埋め込み、常時低周波電流で神経を刺激する治療法です。 2014年4月には便失禁の治療として保険適用されています。
これらの治療は、すべての人が完全に失禁がなくなるわけではなく、効果には個人差があります。 医師とよく相談し、ご自身に合った方法を選ぶことが重要です。
手術療法(括約筋形成術など)
肛門括約筋の損傷が重度である場合や、他の治療法で十分な改善が見られない場合に、手術が検討されます。
- 括約筋形成術:肛門の筋肉が断裂している場合に、切れてしまった筋肉を縫い合わせる手術です。
- 有茎薄筋移植術:足の筋肉を肛門の周囲に巻きつけて、肛門括約筋の代わりとして機能させる手術です。
- 人工肛門造設:他の治療法が困難な場合や、重度の便失禁で生活の質が著しく低下している場合に、最終的な選択肢として検討されることがあります。
手術によって症状が改善される可能性はありますが、排便機能への影響を完全になくすことは難しい場合もあります。 医師から十分な説明を受け、納得した上で治療を選択することが大切です。
よくある質問

- Q1: 便失禁は「年のせい」と諦めるしかないのでしょうか?
- Q2: 骨盤底筋トレーニングはどのくらいで効果が出ますか?
- Q3: 便失禁で精神的な影響はありますか?
- Q4: 便失禁の治療には保険が適用されますか?
- Q5: 便失禁の対策として、市販薬は有効ですか?
Q1: 便失禁は「年のせい」と諦めるしかないのでしょうか?
A: いいえ、便失禁は「年のせい」と諦めるものではありません。 加齢に伴い肛門括約筋の筋力が低下することはありますが、適切なケアや治療によって多くの方が症状の改善を期待できます。 恥ずかしがらずに医療機関に相談し、原因を特定して適切な対策を講じることが大切です。
Q2: 骨盤底筋トレーニングはどのくらいで効果が出ますか?
A: 骨盤底筋トレーニングは、正しい方法で継続して行うことで、2~3週間で効果が期待できる場合もあります。 しかし、効果には個人差があり、すぐに効果が出なくても諦めずに続けることが重要です。 毎日少しずつでも継続することが、筋肉を強化し、排便コントロールを高めることにつながります。
Q3: 便失禁で精神的な影響はありますか?
A: はい、便失禁は精神的な影響を大きく及ぼすことがあります。 自分の意思に反して便が漏れてしまうことで、恥ずかしさ、自尊心の低下、社会活動の制限、社会的な孤立、さらにはうつ病や不安感につながることも報告されています。 一人で悩まず、家族や信頼できる人に相談したり、専門医に助けを求めたりすることが、精神的な負担を軽減するために重要です。
Q4: 便失禁の治療には保険が適用されますか?
A: 便失禁の治療には、保険が適用されるものとされないものがあります。例えば、仙骨神経刺激療法は2014年4月から便失禁の治療として保険適用されています。 薬物療法や一部の検査も保険適用となることが多いです。ただし、治療内容や使用する薬剤、検査の種類によって異なるため、受診する医療機関で事前に確認することをおすすめします。
Q5: 便失禁の対策として、市販薬は有効ですか?
A: 市販薬の中には、下痢止めや整腸剤など、便の性状を一時的に改善する効果が期待できるものもあります。しかし、便失禁の原因は多岐にわたるため、自己判断で市販薬を使用するだけでは根本的な解決にならない可能性があります。 症状が続く場合は、必ず肛門科や消化器外科などの専門医の診察を受け、適切な診断と治療を受けるようにしましょう。
まとめ
- 大人の寝てる間の便漏れは「夜間便失禁」と呼ばれる症状です。
- 日本国内で約500万人が経験する、決して珍しくない悩みです。
- 原因は肛門括約筋の衰え、神経障害、便秘や下痢、直腸機能低下など多岐にわたります。
- 加齢や出産、特定の病気も原因となることがあります。
- 精神的ストレスや生活習慣の乱れも影響します。
- 食生活の見直しで便の固さを整えることが大切です。
- 食物繊維摂取、アルコール・カフェイン制限が有効な場合があります。
- 規則正しい排便習慣を身につけることが改善につながります。
- 骨盤底筋トレーニングは自宅でできる効果的な対策です。
- 大人用紙おむつや防水シートなどの介護用品で不安を軽減できます。
- 日常生活に支障がある場合は、恥ずかしがらずに医療機関を受診しましょう。
- 肛門科、消化器外科、消化器内科が主な受診先です。
- 病院では問診や肛門内圧検査などで原因を特定します。
- 薬物療法、バイオフィードバック療法、電気刺激療法などがあります。
- 重度の場合は手術療法も検討されます。
- 便失禁は「年のせい」と諦めずに、適切な治療で改善が期待できます。
- 一人で抱え込まず、専門家や家族に相談することが大切です。
